『きっとこの娘を好きになる第5 6話』

『第56話〜倉田綾子の1年4ヶ月後〜』


卒業式が間近に迫っている。
私は春から筑波大学に通う事が決定していた。
家から通うのは遠いので大学の近くにワンルームのマンションを借りようと、両親と一緒に何回か下見に訪れ、築3年のまだ綺麗なマンションを借りる事になった。


私の高校生活は充実したものだった。
生徒会役員を一年生の時から立候補、当選。吹奏楽部に所属しコンクールに出場。成績は三年間トップで走り続けたし、プライベートでは四歳の頃から続けたピアノで賞状をいくつかもらった。二年生の時には、文化祭でバンドの経験もして、桐原優雨という親友も出来た。


そして、恋もした。


そう

心残りは長谷川君の事だけだ。









初めて長谷川君を見たのは、高校一年生の冬だった。


それはそれは寒い2月のある日、私は生徒会室でやらなくてもいい雑務に追われていた。

それというのも、すべて生徒会長の落合さんのせいだ。
私は一年生ながら副会長をやらせてもらった。
生徒会長に顔立ちが可愛らしく整った落合さんという男子の先輩。
書記係二名に先輩の女子2人。
一年生は私だけで、先輩方は弱卒者の私を事あるごとにフォローしてくれる、とても気の良い人達だった。


ある時、前々から特別な好意に気づいていたけれど、気づかないフリをしていた落合さんに「俺と付き合ってくれないか?」というような事をハッキリと言われた。
普通に、恋愛にも落合さんにも興味がなかったのでキッパリと断った。
落合さんは「そっか、そっか」とサッパリと受け入れてくれたけど、私に対する態度が変わったのは書記係の先輩の女子2人だった。
2人の内の片方が落合さんの事を好きで、2人は仲のよい友達同士だったので、もう片方が私を生意気だ!と毛嫌いしだした。


そんな経緯から、「明日中に先生に提出しないといけないから」と大量の伝票、資料を押しつけられて、私は生徒会室にカンヅメにされたのだ。単なるイジワルだ。
秋の体育祭・文化祭での必要経費の伝票の整理など今さら誰が必要とするのか?
すでに提出済みで計算違いが発覚したから等、言われても納得しかねる。
本当に必要とあらば先生方から直にお達しがあるはずだ。
けれど、私は文句の1つも言わず一から計算しはじめた。



想像以上に時間がかかってしまい、集中力が途切れ時計を見ると夜の8時を少しまわったくらい。
私は飲み物でも買おうと、学校内に設置された自動販売機に向かった。

集中力が途切れた時は糖分を摂取すればよい。
私は甘いココアが飲みたかった。
生徒会室から一番近い学生食堂の前の自動販売機につくと、お目当てのココアを買う
お金を入れてボタンを押し、ガタンッと落ちてきてココアの缶を取り出した時、私は吃驚してそれを落としてしまった。


何故なら『あったか〜い』ココアではなく、『つめたい』ココアだったからだ。
自動販売機の表示を見ると、確かに『あったか〜い』のところにココアが陳列している。


私は憤慨した。
怒りに身体が震えた。それは15年生きてきて初めての経験だった。激昂という言葉を体感した。

この寒さの中『つめたい』ココアなど誰が飲みたいものか!
ぐぐぐと『つめたい』ココアの缶を握ると、中身の入ったスチール缶が少し凹んだ。
おそらく業者が入れるところを間違えたのだ。
明日、直々にクレームの電話をいれて代金の請求をする事を心に決めた。
私は『あったか〜い』ココアを求め、生徒会室から遠い、体育館横の自動販売機まで歩いていった。

この時間校舎に人はほとんどいない。部活動をしている生徒たちも下校した後の時間だ。廊下も暗い。明かりがついた部屋は職員室くらいだ。


私が体育館の横の自動販売機前に到着すると、体育館の明かりがついていて、中からダムダムという音が聞こえてきた。
随分遅くまで部活しているんだなぁと思っていると、少し空いた体育館の扉からバスケットボールが一つ飛び出してきた。


ボールを拾いにくる気配がないので、私はボールを戻してあげようと思いバスケットボールを持ち上げると、つるりと滑ってしまうくらい汗が付着していた。
ボールを持って少しだけ空いてる扉から中を覗くと、男子が1人。

ん?と思いようく見てみても1人しかいない。
彼は私の見てる方に背を向けて、バスケットゴールに向かい黙々とシュート練習を行っていた。
ボールが沢山入ったカゴを傍らに置き、様々な角度からシュートを放つ。カゴにボールがなくなると、散らばったボールを拾い集めて、また黙々とシュートを放つ。
ボールを拾っている時、私はすっと扉の影に隠れた。
何だか邪魔してはいけないと思ったからだ。

時おり、放ったシュートが綺麗な放物線を描き、ゴールリングに触れず、ネットにも触れてないような無音でゴールにボールが吸い込まれる瞬間があった。
その度に私は鳥肌がたった。



私は寒いのも忘れ、ただただ彼の後ろ姿を見ていた。
それは、気がつけば手に握った『つめたい』ココアが、ほんのり『あったか〜い』ココアにかわるまで…

彼が「よし…」と呟いて、練習を終えようとしたので、私は慌ててその場にバスケットボールを置いて、一瞬悩んでから、ココアもその場に置いて、生徒会室に走って帰った。





それが長谷川君だった。
いれば自然と目で追うようになり、名前もこっそり知った。
話しかける事など恥ずかしくて出来ず、ただ眺めていた。
けれど二年生の時の修学旅行でゆうをかいして知り合う事が出来て…夢のようだった
さらに告白までした!
でも、長谷川君はゆうの事が好きで私はフラれたけれど思っていたより、ショックではなくて私は驚いた。


理由を考えてみた。
もしかしたらそんなに好きじゃなかったのか?とも思ったけれど、そんな事はない。
告白した事で満足してしまったのか?とも思ったけれど、そんな事もない。
行き着いた結論は、根拠はないけれど、長谷川君は必ず私を好きになると決まっているから。と、まるでストーカーの常套句。
自分がちょっと恐ろしくなったけど、三年生になる前の春休みに思いきってデートに誘ってみたら、OKだった!


それから何回か長谷川君と2人きりで遊んだけれど、別に付き合っている訳じゃない
告白もしてない。
もうバレてるんだから、しても仕方ないと思った。
長谷川君もきっともう私の事が好きだと思う。
けれど「付き合って下さい」とは言ってこない。
一度フッた手前恥ずかしいのかもしれない。
でも、それはあまり関係ないように思う。




なぜなら私は、春から少し遠くに行ってしまうからだ。












ゆうが卒業生代表のスピーチをやりたくない!と言い出したので、副会長の私がやる事になった。
生徒会室で1人スピーチを考えていたら、高校生活の事を思いだし、センチメンタルな気分になってしまい苦笑した。

トトトンと、ドアがノックされ返事をしたがドアが開かないので、席から立ち上がりドアを開けると、なんと長谷川君が立っていた。



「!!…どうしたの?」

「告白しにきた!」

「え!?」

「もうわかってると思うけど、俺倉田の事好きだ!…でも倉田は春から向こういっちゃうじゃん?」

「う、うん…?」

「進路の事言ってなかったけど…実は俺も筑波大学受験してたんだ!」

「え!?」

「落ちたけど…」

「え!?…あぁ、うん。」

「俺、浪人して来年また受ける!」

「え?あ、はい!」

「合格して、また会えたら…その時付き合って下さい!っていう。もう、その時は俺のこと好きじゃなかったらフッて下さい!」
と、言いたい事だけ言って走って行ってしまった。







私は少しだけ声を出して笑った。
2年も待ったんだもん。
あと1年くらいなんでもないよ。


スピーチの続きを考えようと、席に戻ろうとして、ふと足元を見るとそこには、ほんのり『あったか〜い』ココアが置いてあって、私を驚かせた後、とびきりの笑顔にさせた


(つづく)