『きっとこの娘を好きになる第5 5話』

『第55話〜ヨウの3年後〜』



ライブが終わったばかりで気がたっていたのかもしれない。

言い訳ばかりのドラムの邦夫の鼻っ面を「眠てぇこと言ってんじゃねーし!」とブーツを履いたままの足で思いっきり蹴り上げた。
タバコの煙が充満した汚い小部屋。むせかえるような男達の汗の匂い。吹き出た鼻血を手でおさえ吠える邦夫。殴りかえそうとするのを止めるメンバー。
他のバンドの爆音が響く楽屋で、アタシは独り熱が醒めていくのを感じた…
ふと洋平を見ると、やれやれってポーズで「またか…」って声を出さずに呟いた。







アタシは3年生になる直前、2年の終業式で高校を中退した。
もともと高校生活にあまり興味はなく、惰性で通っていたようなもんだ。
バンドで食っていく。
なんとなくそういう風に思ってバンドを組んでいたけど、妥協点の探りあいに嫌気がさし、自分の腕前を棚にあげて「コイツらとじゃ絶対に売れないな…」などと思っていた。
だけど、バンドで食っていく。
そう決めたのは、二年生の時の文化祭で色々あって、今のバンドのキーボードである笹塚洋平と出会ったからだ。


アタシは洋平の音を聴いた瞬間に惚れた。
一目惚れならぬ一耳惚れ?
才能に惚れた。男も女も関係ない。アタシが惚れるのは音だ。

洋平と出会う前、アタシは優雨の声に惚れていた。
歌声は聴いた事がなかったけど、普段喋る声を聞く度に、訳のわからない興奮を覚え、それは文化祭のステージで爆発した。

アタシは生で見ていない。
後でカメラに録画されたモノを見ただけだ。優雨の歌声も綾子のピアノも凄くよかった。
アタシは濡れた。


優雨への想いが暴走してタガが外れた事もあったけど、嫌われて優雨の声が聞けなくなるよりかはマシだ。と思い、自分の気持ちを押し殺し、洋平とのセックスに没頭した。




中退してから3年が経ったけど、ちっとも前に進めていない。
アタシ(ベースorギター)と洋平(キーボード)以外のバンドメンバーは目まぐるしく変わっていった。
毎回アタシがキレて終わり。
今回のメンバーは中々上手くいって長続きしたけど、今日の事で多分ドラムの邦夫は辞めるだろう。下手くそなクセにプライドだけはやけに高くて、前々から苛ついてはいた。




アタシは正直焦っていた。




バンドで食うなんてとんでもない。デビューさえしていないアタシ達は、バイトの収入がなければ直ぐ様ホームレスだ。バンドを維持するのも金がかかる。
レコード会社にデモを送っても、うんともすんともない。
日々のバイトに忙殺されて、夢の為にバイトしているのか、バイトする為に夢があるのか、わからなくなる時がある。

そしてアタシが焦る理由がもうひとつある。

まだ誰にも言っていないけど、洋平との自堕落なセックスがたたって、妊娠してしまった。
近い将来を想像すると暗闇がポッカリ口を開いて手招きしている…




この間、優雨から久しぶりに会わない?という電話がかかってきた。
とても会いたかった。
とてもじゃないが現在の自分は見せられないな。とも思った。
迷ってアタシは断った。
とても、とても会いたかった…









ライブが終わり、そのままそのライブハウスで打ち上げが始まった。アタシのバンド以外にも五組のバンドがいて、大概知った顔だ。

サカヅキという男が近づいてきて、今日のアタシと邦夫の乱闘を面白がっていた。
コイツは噂好きで女好きな嫌なヤツ。だけどドラムの腕は確かで、アタシは一目置いていた。


「凄いねヨウちゃんは!格好いいと可愛いが共存してるね!」

「なんなのアンタ?キモいし。ホラ、しっしっ!どっかいけ」

「かーっ!いい!益々いい!洋平が羨ましいよ」

「洋平ー!サカヅキが口説いてきてウザーい。殴っていいかな?」

「かぁーっ!いい!益々いい!洋平が妬ましいよ。おっぱい触っていい?」

「いいわけねーだろ。眠てぇこと言ってんじゃねーし!」と、吸ってたタバコをそのままサカヅキの手の甲に圧しあてた


「うわっ!!アチチィー!な、何すんだよ!?…だけど、いい!益々いい!」


…なんかキャラ的にコイツには勝てない気がする。
ラチがあかないのでテーブルを移動して洋平の方に行くと、懐かしい顔があった。
「よっ」と挨拶してきた掠れた声と金髪のボウズ頭は当時のままだ。洋平が高校時代に組んでいたバンドのボーカル兼ギターの、佐々木さんだった。どうやら今日のライブをみにきてくれたらしい。


「あ、久しぶりです。」

「ヨウ、こいつすげーぞ!」

「なに?というか今何やってんの?まだ音楽やってるんですか?」

佐々木さんは高校卒業後、ヤンキーみたいな見た目のクセに普通に大学に進学していた。


「あ、俺さ、こないだまでアメリカに留学してて最近帰ってきたんだよ。ボストンなんだけど、向こうでバンドやってた。」

「へ〜。留学とか意外だし!」

「こいつすげー変わって日本に帰ってきてるから!」

「なに?」

すると佐々木さんはイカツイ見た目で少し恥ずかしそうに

「向こうで目覚めちゃったらしくて、なんか俺ってどうやら、ゲイだったみたい。」








すげー笑った。

なんかどうでも良すぎて笑えた。

最近のモヤモヤも少し吹き飛んだ気がする。アタシが爆笑してるのが珍しいらしく、またサカヅキがよってきて、いつのまにやら4人で朝まで飲んでいた。


すっかり息統合して、元々素敵だった独特の歌声がゲイになって一皮剥けた佐々木さんと、アタシと同じく自分のバンドに不満を持っていたサカヅキ、アタシと洋平で新しいバンドを組むことにした。
みんなベロベロに酔っぱらって適当に決めたバンド名は気に入っている。
アタシの最近の口癖と、出会ったこの川崎という『街』をくっつけて『眠てぇ街』
日本語しっくりこない!とゲイが言い出したので『sleepy town』に決定した。






この先どうなるのかなんてわかんない。売れるかどうかなんて、かなり怪しいもんだ
でも、認める事の出来る仲間と音楽をやれるのは最高
コイツらとならいける!って、根拠のない自信も溢れている。


なにより


そんなアタシなら、友達である優雨と会わせてもいいかな?って思えたから、嬉しいんだ。


(つづく)