7年


東日本大震災から7年。



ある高校生の女の子は言います。

新しい建物や道路ができ復興が進むにつれて
震災前の風景を忘れていく自分がいる。

子どものころ遊んだ場所や通学路、海辺の景色。

忘れたくないのに、思い出せなくなっていく。
それが悔しくて悲しいのだと。


根こそぎ海にさらわれた町は 瓦礫が去って更地になりました。
使い道の決まらない更地には草が生い茂り、
以前そこに何があったのか、どこからが道路でどこからが家の敷地だったのかさえ分かりません。

高台に場所を移して1から作り上げられる町は 間違いなく ひとつの復興の証です

しかし、その新しさが、
希望であると同時に、
時として大きな喪失感を呼び起こすものでもあるということを教えられました。


新たな町も
これからふるさとの風景として彼女の心に刻まれていくことでしょう。

ただ、その過程には多くの悲しみや葛藤が伴うのだということも忘れずに
見守り応援していけたらと思います。



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先週、お世話になった先輩が亡くなりました。
45歳という若さでした。
悪性リンパ腫と闘いながらも
会うといつもふざけてこちらを元気付けてくれるような、
周りを幸せにしてくれるような、
強く、おもろい兄さんでした。

告別式に参列させていただいて、ようやく実感する死。

嗚咽をこらえようとすると喉の奥がビリビリと痛むんだったな。

震災のあと嫌というほど体験した痛み。

図らずも思い出しました。

残された奥様やご家族の痛みはどれほどでしょうか。


今はただ、先輩の安らかな眠りをお祈りいたします。