3.11

3.11 から1年


ここにきて、何ができたんだろう? って思う。


たしかに、世界中の人々が寄付、物資などいろいろな面で助けて部分的には復活したのは確かだけど、


精神面・絆は・・・?



絆を深くする機能を持っている大事な「安定した生活」 と 「町・村」 はいまだに戻っていない。


「安定した生活・心に多少の余裕・いつも喋っていた身近なお隣さんとの会話」があってこそ絆が生まれると思う。



1日でも早く元の生活に戻って


いつも喋っていたお隣さんとしゃべったり笑ったり遊んだり・・・


徐々に「楽しい生活」と「絆」を取り戻してほしい・・・





一歩一歩進んでる事はたしか



時間はかかったとしても・・・



絶対に復活すると信じてる。


 
  • コメント(全1件)
  • ☆なぉたん☆ 
    3/12 01:11

    あれから1年、長いようで短い。

    短いけど、色々ありすぎた


    2011・3・11 14:46、震源から約1000の滋賀で寛いでた私も慌てて家を飛び出した。

    揺れ方は、1995・1・17とは違ったが、とんでもない事が起きたと、すぐに分かった。

    3分後
    で家を出た。


    行き先は、それ以前に退職してい
    です。

    私、実は、日本DMAT隊員なんです。

    列車や航空機、高速道路での事故やテロ事件などの大規模の多数の死傷者発生事案で、現地に向けて緊急出動する医療支援部隊です。

    厚生労働省から、準備依頼
    が届いた時には、
    着直前

    決して国が遅いのではありません。日頃から気持ちを持っていた隊員は、こういう早業です。

    ホンマなら、そのまま現地出動すべき。是非とも行きたいと思いましたが、退職してて
    スタッフではありませんので部隊の一員となれず、そのまま見送りすることになりました。

    正式に出動指令が来る10分前、やはり早い


    こういった大規模災害に向けて、1人でも多くの助かる命を助けなければならない、そういう使命感での資格取得でしたが、不覚にも、自己の病によって退職を余儀なくされ、本当ならこれが初出動となるはずが、全く無力な1人でし


    東北のきれいな町、活気のある海岸の景色が一転しました。


    あれから1年、長いようで短いです。

    被災地の瓦礫や土砂等の撤去、未だに見つからない多数の方の捜索、そして、元の町への復興には、もっと長い年月が必要です

    皆の力が必要です。

    1つにならなければなりません。

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