活動報告!

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自分ができる事、自分にやれる事を考えた時、太鼓しかなかった。

そういう思いの中、たくさんの方々に協力していただき、プロジェクトを立ち上げ4月26日に支援に行かせていただいた。

最初に支援に行かせていただいた場所は、南三陸町役場から約20kmにある海が見渡せる半島の一番先の漁師町、歌津町泊浜。
この泊浜は震災後、音信不通で、道路もこの地区に向かう唯一の橋も崩壊し、逃げる道もなく、外部との連絡手段も全く無かった集落と聞いた。

この絶望的な状況の中、この地区の大人、消防団の若者や高校生達で、避難している方々の救助にあたったとのこと。

行政に掛け合っても復旧してくれない道を自分達の力で道路(プロジェクトサイトの最初に出てくる道)を作ったという。http://giantspotlight.p1.bindsite.jp/

4月26日の時点でもライフラインはいっさい回復してない状況で、水は2日に一回の給水でボランティアセンターも出来てない過酷な境遇にも関わらず、集団避難せず地元の方々で手を取り合って生活していた。

今回は復興支援団体「Japan元気塾」加藤秀視氏が中心となった一団に同行させてもらった。

加藤氏は、株式会社創栄Group代表取締役兼育成トレーナーであり、株式会社新明建設会長も勤める起業家であり、また全国で人材育成の講演会開催など人材開発者として活躍している。会社の人材育成にとどまらず、非行少年の自立支援やシングルマザーの就職支援など幅広い人材開発と育成に携わり、彼の社会貢献活動の深さは、多くの人の支持を得ている。

その加藤氏は震災2日後には支援物資を被災地に届ける活動を始め、泊浜にも最初に入っていた。今回自分が行けるのも太鼓や音楽が必要かどうかを受け入れ先の区長さん、自治会長さんと予め相談していてくれたおかげだ。彼のこの町の人たちとの信頼関係が、自分をここへ導いてくれたのだ。

本当に何が必要な物は何か?と毎回色んな情報を収集し被災地に必要な物を確実に届ける。全国から支援してもらった物資を絶対に無駄にしない事を考え実行している。

東京を25日19時30分に出発し日光にある「Japan元気塾」本部に集合し0時30分に出発〜朝7時に到着。すぐに炊き出し準備。
炊き出しの準備が落ち着き、天気もよかったので早めに太鼓を準備していると中学生の子供達が集まってきた。

実は、半島の最南端にある尾崎神社の鳥居の奉納の為に13年ぶりの祭りが、この4月29日に開催される予定だった。子供たちが祭りの為に一生懸命太鼓を練習し、みなさんも楽しみにしていたと話を聞いていた。
そこで「合奏しよう!」と子供達に声をかけ、練習していたフレーズを彼らに教わったところ、早くも最初の合同演奏会になった。その音を聞きつけ小さな子供達もどんどん集まり、たくさん太鼓に触れてもらった。

この地域だけでなく、東北の各地域では同じように多くのものが破損し流され、神社仏閣、太鼓などの楽器も無い状況である。そのため地域が毎年開催している祭りや演奏が出来ない状況だ。
自分は、太鼓奏者として激励に被災地をまわるだけでなく、各地域のこういった現状も調査して、太鼓関係者含め、より多くの人たちに「地域芸能文化復興支援」への協力を求めたいとも考えている。地域の文化芸能や祭り行事の復活は、地域の人々の活力の源にもなり、本当の意味での復興の第一歩になる。これは自分が神戸で経験した阪神大震災からの教訓だからだ。

今回、被災地へ出発の前に、祭りの事や子供達が練習していた話を、プロジェクトの協力者である(株)宮本卯之助商店・宮本社長に聞いてもらったところ、「ぜひ支援物資として届けて欲しい。」と太鼓6台とバチを30組を預かった。この協力によって、現地で沢山の笑顔を見せたもらう事が出来た。

合計4回の演奏と、子供達と一緒に3回演奏をした。演奏後、地元の方々との会話の中、近くの民宿に一人避難しているおばあさんは「震災後一歩も外に出てなかったけど、太鼓の音が聞こえて来たから、昔を思い出して音につられて出て来たよ。また子供達と一緒にお祭りの時に演奏してね。」

自治会長の高橋会長からもたくさんの話を伺った。
「泊浜は漁師町。自分達がこの街を捨てたら誰がこの街を復興させていくの?」
「自分達がこの街を捨てたら誰が新鮮で美味しい魚介類を届けるの?」
「自分達がやらなくて、一体誰が?」涙を流しながら。それでも、最後には
「3年後に絶対みんなで来て。おいしいアワビ食べてもらうから。それで復興の太鼓を演奏してもらってお祭りをやるから!」と。
皆様の地元愛と強い絆。漁師魂に逆に勇気を頂いた。

引き続き、6月2日〜歌津泊浜、4日〜登米市津山に支援に行かせてもらう。

復興には、まだまだたくさんの課題がある。
泊浜は、海の瓦礫撤去をしないと魚介類を養殖出来ない。
海底が1m近く地盤した状態で、本当に養殖出来るのか…
船が千艘流され不明船になっており保険が下りない…
泊浜には瓦礫撤去と炊き出しの手伝いと演奏に。

加藤氏によれば、登米市津山は物資、食事面は揃いつつあるが、メンタルケアが必要になって来ているという。津山への訪問も、前回同様に実際に場所に行って状況を把握して、どういう形が適しているかを見ながら活動を行いたいと思っている。

まだ見えない、これから出て来る様々な課題を一つ一つ解決するには、やはりひとりひとりの力によるひとつずつの行動だと思う。

自分は、少しずつ『光の灯りつつある場所』、『光灯せし場所』に希望の光を、太鼓の音、音楽で届けたいと思う。

そして賛同していただける音楽家、アーティストの方々にもご協力賜たいと思っている。
みなさんの持つ力で、様々な方法をともに考え、復興への道のりを少しずつ前進していけたらと思う。

上田秀一郎

【和太鼓 上田 秀一郎 オフィシャルウェブサイト】
http://www.shuichiroueda.com/
【「光灯せし希望と祈りの太鼓」プロジェクトサイト】
http://giantspotlight.p1.bindsite.jp/