宵待草

  • 沙人 公式ブログ/宵待草 画像1
夕べのバイト現場に咲いてた花の名前が判明!

『待宵草(マツヨイグサ)』
赤花(あかばな)科、マツヨイグサ属、北アメリカ原産帰化植物 、多年草

黄色い花を咲かせる方を「待宵草(マツヨイグサ)」
白い花を咲かせる方を 「月見草(ツキミソウ)」
赤い花を咲かせる方を「夕化粧(ユウゲショウ)」
とそれぞれ呼ぶんだそうな。風情のあるいい名前ですな〜(´▽`)

でこの花はその中でも「荒地待宵草(アレチマツヨイグサ)」と言い、花弁が重なって隙間の無い方を「雌待宵草(ミマツヨイグサ)」と言う。

夕刻に開花して夜の間咲き続け、翌朝には萎んでしまうこの花のはかなさが、一夜の恋を象徴するかのようで、後には太宰治も好んで題材とした(富嶽百景 「富士には月見草がよく似合う」)。−ウィキペディアより−

花言葉は「ほのかな恋・無言の恋・静かな喜び・魔法・美人・浴後の美人・移り気・無貞操.」 後半ふたつは個人的に(O.O;) (o。o;)ドキッ!(笑)

でふと頭に浮かんだのがこの歌。

「待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬそうな」大正時代の詩人「竹久夢二」の『宵待草』の詩です。


調べてみたら夢二自身の切ない恋物語が込められてた詩でした。

−以下ウィキペディアより抜粋−
1910 年(明治43年)夢二27歳の夏、前年話し合って離婚したにもかかわらず、よりを戻した岸たまきと2歳の息子虹之助を伴い、房総方面に避暑旅行する。

たまたま当地に来ていた女性、秋田出身の長谷川カタ(賢:当時19歳)に出会う。彼女は、成田の高等女学校の教師である姉のところに身を寄せていたが、長谷川一家も秋田から宮下旅館の隣家に転居しており、夏休みに家族を訪ねて来て、そこで夢二と出会ってしまうという次第である。

親しく話すうち彼女に心を惹かれ、夢二は呼び出してつかの間の逢瀬を持つ。散歩する二人の姿はしばしば近隣住民にも見られている。しかし結ばれることのないまま、夢二は家族を連れて帰京する。カタも夏休みが終わると成田へ戻り、父親は娘の身を案じ結婚を急がせた。

翌年、再びこの地を訪れた夢二は彼女が嫁いだことを知り、自らの失恋を悟る。この海辺でいくら待ってももう現れることのない女性を想い、悲しみにふけったといわれる。宵を待って小さな花を咲かせるマツヨイグサにこと寄せ、実らぬ恋を憂う気持がこの詩を着想させたのである。−ここまで−


ところで「待宵草」が植物学的には正式で、夢二自身の直筆原稿でもタイトルは『待宵草』になってるそうですが、詩文では“宵待草”となっていることから、きっと夢二自身の何らかの思い入れで字を入れ替えたんでしょう。

個人的にも“宵を待つ草”と素直に「宵待草」と並べた言葉の方が、日本語の文法からしてもしっくり来る気はします(^^)

因みに剛アニイの唄に“酔待草(よいまちぐさ)”と言う大好きな曲があり、今もカラオケでは必ず歌っておりまする♪


現場に敷き詰められた鉄板の間で、ひっそりと小さく咲いてたのが目に留まり、何とは無しに撮ってみた花でしたが、これがあの切ない詞のモデルの花だったと知ってちょっと(*ё_ё*)きゅん・・でした(笑) しかも一晩しか咲かないと言うことなので、夕べはきっとラッキーだったんでしょうね♪

幸運が舞い込みますように(-人-)