2011/03/15 / Vo.渋谷

今回の地震が、想像の範疇をゆうに超えた。
直接の被害なんてほとんど無いくせに、気持ちが滅入っている。


いわき市に従兄弟がいること。

頑張れだとか節電だとか、できることが少なすぎる事実。

あまりにも自分が無力であり、この局面に来て、勝手に自分自身の考える歌と音楽の可能性に限りを付けてしまったこと。

被災者の皆さんに比べたら実に他愛もなく、吹けば吹き飛ぶ埃のようなモヤモヤ如きに、やられてしまっている自分のキャパシティの小ささ。

なにもできなんだー、と無駄に(本当に無駄に)ふさぎ込んでテレビに映し出される光景にため息しか出てこない毎日。

それらが自身の心に幾つものどんよりした影を作ったようだ。



しかし、自分の言葉の全てが無責任に響くのが承知の上で言いたいことは、なんとか頑張って欲しい、という当たり前すぎる言葉。

それに尽きる。本当に。

事実、当事者ではなく、無責任過ぎる立場にいるのは、重々承知である。

しかし、なんとか頑張って欲しい、と。
心から思う。


自ら設けた歌の、音楽の、限界(あくまでも、自身の)。
その範囲を超えることが、もし、求められるのであれば、なにがなんでも超えて歌いたい。

音楽など聴いてる場合ではない。
歌を歌っている場合ではない。

そう思われても仕方がない。
しかし、もし1mmでも誰かに響くのであれば、歌わせて欲しいと思っている。

それがいつになるのやらわからないけど。
誰かの心に、歌の響く隙間が出来たら、いつでも全力で歌います。

エゴばかりでごめんなさい。
頑張れ以外の適切な言葉がどうしても見つからないのがどうにも歯痒いです。


心よりお見舞い申し上げます。


渋谷龍太