小太郎 伝筒井さん、了解しました! 多くの人に彼を知ってもらいたいので少しだけ前倒ししましょう、〆切日。 22日くらいでいいんじゃないかと思います。 どんどん正解の答えが送られてきますが、まだもう少し難しいなーという方、筒井さ なんてったってコラボプレゼント企画なんだから。 たくみの技 (コチラ)→ http://ameblo.jp/haiyuu-takumi 好きよ、こういう回答。 伊藤監督とか、山嵐さん(フーフーチュウ役)とか、大前均さん(ハブラム役)はま <太りすぎた岡田監督>とか<カンニング竹山>とか・・なかなか妹尾の喜びそうな さて。 私がメタルダーの撮影当時のことをお話ししますと、必ず出てくるワードがあります 「小太郎」 こたろう。 これはスタッフの方が私を呼ぶ時に使ったニックネームのようなものです。 しかも撮影時限定のニックネーム。 「私は小太郎と呼ばれていました・・・」 取材などでも聞かれるとそう話していましたが、そのいわれはメンドクサイのであま 今回もちょっと尋ねられましたので、ちょうど良いきっかけなので書きますわ。 まず。 私の名字は妹尾(せのお)です。 これは本名。 上京した頃は 「いもおさん、いもおさん・・・」 って呼ばれるばっかりでしたので、いちいち 「せのおですっ!」 っていう説明をするのもアホらしくなるほどでした。 次第に、<いもお>だろうが、<まいお>だろうが、時には<あねお(根本的に字が 「あ、はいはい、自分です。」 って言うようになっておりましたから。 で、撮影開始時、この<せのお>という呼び名に少し問題があったのです。 それは、瀬尾脩さんとういう、大変偉い、東映の生き字引のようなカメラマンさんが 厳しい方ですが、よく可愛がって頂きました。 お酒を飲みながら、菅原文太さんや高倉健さんらの新人時代のお話やエピソードをい で、その方の名字の読み方も<せのお>。 ね! メンドクサイでしょ? いやいやいや、面倒と言うよりも変でしょ? だってね・・・ 何も出来ない私に、多くのスタッフがぶち切れます。 監督も、カメラマンさんも、照明さんも、殺陣師も、とにかく全員が。 全スタッフ: 「ごるぁ、せのおっ! なーにをやっとんじゃい! この馬鹿たれがぁぁぁ!」 瀬尾さん: 「・・・何だよ、俺かい・・・」 全スタッフ: 「ち、違う違う、違いますって! だぁああ、もうっ、言いにくっ、ってか怒りにくっ!」 瀬尾さん: 「んじゃこうしよう。 平家物語だ。 おい妹尾、くそ、何か呼びにくいな・・ おい、妹尾、お前小太郎な。 こ・た・ろ・う。 分かったか! すっとこどっこい!」 私: 「はっ、分からないけど了解しました!」 半スタッフ 「・・・?は、なにそれ?」 半スタッフ 「おお、それいいですね、それでいきましょう!」 みたいな寸劇がありまして。 ちょっと詳しめに説明しますと。 <妹尾>も<瀬尾>も元は同じ。 おじいちゃんのおじいちゃんの、それまたおじいちゃんの頃から残ってた系図の巻物 --------------------------------------------------------------------------- 妹尾家とは・・・白河天皇、もしくは鳥羽天皇の御落胤という説あり。 先祖は中臣鎌足と云われる。 早くから平氏に仕え、『保元物語』『平治物語』『平家物語』などに平家方の侍とし 徒然草を書いた兼好法師も同族。 卜部氏となって6代目の康遠は三備の領主となり、備中瀬尾城に入城、ここで瀬尾( 云々 --------------------------------------------------------------------------- とゆーことらしく。 中でも1100年代後半に名を馳せた人が、妹尾太郎兼安というご先祖様。 最後は木曾義仲に討たれたのですが、「あっぱれ剛の者かな。是をこそ一人當千(と めっさ向こう意気とケンカが強くて、親子でめちゃめちゃなことをやった(らしい) でも、地元民には撮ってもとしくて人気があったみたいで、新田を開発し、用水を整 で、その妹尾太郎兼良さんの息子さんが妹尾小太郎宗康という方で。 そんでもってそれから小太郎という呼び名を与えられ、全スタッフが遠慮無く、中で 「ごるぁ、小太郎、なんだそれは! いい加減にしろ、このオタンコナス! 荷物ま って怒鳴れるようになったのでした。 はあー、めでたしめでたし! 実を言うと私もこの時初めて自分のへんてこりんな(関東では)名字のことを調べて 以上が私が長く小太郎と呼ばれている所以でございます。 わかった? 分からなかった? じゃ、もう一回説明しようか? うそ。しないよ。 |
妹尾っ
とって
ところ
わたし
「妹尾
わたし
「妹尾
そんな
小学校
自分も
ただ、
舞台美
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