上を向いて咲いてみよう 地に着いても咲いてみよう

誰がために あなたは生きていますか

誰がために あなたは生きますか


一言で 終わらなくていい。

家族のため 愛する人のため 会社のため 社会のため  この地球のため


何でもいいから

誰がために 生きる喜びを 知ってほしい 学んでほしい 涙してほしい。


古事記の話

それは  遠い昔 の話。

でも 神や 仏の国神話 は  瞬間瞬間で 己の血潮で起こっている。

ねぇ  今まで何度か書いたでしょ。

私たちは  それぞれが持つ 守り神の 体の細胞の一つぶんなんだよ って。

神や仏に 今も昔もない

神や仏に 終わった事  なんて言葉はない

だから  懺悔はいつだってできる

そして  感謝の言葉もそうだ

死んでからじゃ 遅いんだよ。

誰がために  の言葉が出ない人

神や仏のために 生きて。

あなたの身体は 神仏の 一部。

あなたが元気なら 貴方の持ち主である 神や仏だって 元気なのよ。


泣き言は いつだって言える

後悔は  辛い時にするもんじゃない


言っちゃだめだ  辛いとか  嫌だ  って言葉を言っちゃだめだ。


生きているのなら  尚の事  言っちゃだめだ。


神や仏が 私たちを見捨てる前に 私たちが 一人で誰がためでもなく死んじゃだめだ。



欠けてもまた満ちる月のように

枯れてもまた咲く花のように

私たちは 欠けても枯れても 満ちて咲くんだよ。


そう  地に着いてしまった梢でも 来年必ず咲いてくれる あの桜のように。