無事

気が変わってから  

こんな感じ。

どんな感じ  かというと   苔の生えた水槽を 洗い直す感じ。

いつも 透明な壁に隔たれていた あっちの世界  なんだけど

近くに行けば 近くなるほど  その透明な壁の向こうは 人のせいで汚れていたんだ。

もちろん自分のせいでもある。

思い切って その透明な壁の中に ダイブした。

波風立てないように 濁らさないように ゆっくりと 掃除をしようとしたけれど  無理だった。

だから  全部 変える事にしたんだ。


そう思ったら  その全部は まず内なる自分の 内観だった。

日頃から気を付けているけれど

中身は 視えないところ 気づかないところが 汚れている。

自分で 自分の汚れを見つけるって いいものだ。


まだまだ 金魚鉢程度の 器

目の前の あっちの世界の器は 計り知れないほどの大きさである。

でもね  嬉しいことに 壁の透明度が一緒なのは嬉しいな。


自分の内なる 世界を 隅々まで把握するなんて 

やってみれば  答えは永遠に出てこない 凄く矛盾した 自分に漕ぎ付く。

人って 所詮こんなもんだ

だから  適当  とか  アバウト  の一番暖かい言葉が助けてくれる。

          もしも 正義を 掲げるとしたら  何処までが正義なのだろうか。

この答えの ゴールはない。

極論とは  とても狭い見識でしか成り立たない。


そんな矛盾の 自分の内を 隅々 掃除してみる。

もう一回  透き通った 言葉を発してみようと思ったんだ。

たとえそれが  いつもの  『  こんにちは  』  であっても。

掃除して良かった

新鮮に生きられる。




透明な壁のあっちの世界  とても近くにある

視ようと して 必死になっていた  掴むような姿勢は もういらないようだ。


内に あるのだから 追いかけなくてもいい

足元をしっかり見ていれば  いいんだ

いつも  此処にあるから。



もう 届いている 空からの加護

焦らなくてもいいです

もう  其処にあるから。

何も無い事が  何よりの  無事 であり  幸福なのです。