心が狭い と言われても それでも 私は 歩きます。

すべては受け入れられせん

と 大乗仏教的な考えから

成る鐘だけとの関わりを持つようになって  小乗仏教的な生き方になった。


受け入れてはいけない者  は  正しき者に  危害を加える者 と言う判断である。

『  すべてを許しなさい  』

の 考えは 卒業した。

『 悪を許してはいけない 』  に変わったのだ。


信心の道は この壁に ぶつかり

この 壁に苦しむ

なぜなら  悪を受け入れらないからだ。



当然だ

悩まなくてもいい

君の 正しい道を  歩めばいいのだ。

供は広がる。