花の種

曇った泣きそうな空に ふわりふわりの あちらにこちらに 浮かんでいる たくさんの風船

その風船は  遠い空 ずっとずっと 遠い空も飛んでいる

曇った泣きそうな空に  その風船は 何をしに来たのだろうか


一つの風船が落ち始めた

風船に 袋がついていた 恐るおそる 開けた。

中には 種らしきものと 一行のメッセージ

『 花の種を植えて この地球を緑いっぱいにしましょう 』  と書かれていた。

わたしは 喜んだ  そうだね この泣きそうな空が 晴れるかもしれない。

わたしは 喜んでいた その花の種を蒔き 花が咲くことに夢いっぱい膨らませた

きっと 何日か いや 何か月かすると あちらにも こちらにも 小さいかもしれないけれどたくさんの花が咲いて 泣きそうな空は 晴れるかもしれないと とても喜んだ。

小さな種は 大きな夢を咲かせると 歓喜した。

となりで見ていた ある人が言った 『 誰が飛ばしたかわからない物なんか 蒔いちゃいけない 』

花の種を蒔いて 緑いっぱいにしましょう  というとてもきれいなメッセージは 駄目なのだろうか。

誰が何をしたのか 解らないものは 受け取ってはいけないのだろうか。

『 花の種を植えて この地球を緑いっぱいにしましょう 』 のメッセージのどこがいけなかったんだろうか。

花の種は 時期を待っても また植えることができる。

そっと 植えることもできる。

植える道具に ショベルかーなんて要らない。

もしも この花の種を みんなが植えたら

 

と 

わたしは ひとりで夢をみている それは ただの夢になる。

ヨーコが2005年国連本部で言った言葉を 実行してみたい。





皮肉にも オノヨーコのセリフだといえば 批判する者はいなくなる

皮肉にも 実力のない者がこのセリフを言えば バカ扱いされるだけだ。