狩るものと狩られるものパート2

狩るもの それは 鬼である。

鬼 とは・・・  何か 。

鬼とは 何のためにあるのか 。

ならばどうして 神は 鬼の存在を許すのか 。

鬼とは まさしく 目には目を 歯には歯を のつぶしあいの心の持ち主である。

赤のオーラがヒートアップした時に この心境状態になるのは 誰もが体験済みのはずだ。

『 許さない 』 とひしひしと怒りがこみ上げ 『 やってやる 』 の心理。

それは 辛い思いをしたからこそ 湧き出る感情である。 人として感情ある生き物ならば恥ずかしくない感情。

恥ずかしいのは その後だ 、 もしも やり返しをしたあと それに満足せずに何度でも仕返しをしたい感情。

日々が過ぎても いつまでもその事にこだわっている感情である。  その感情は 鬼と化す。

鬼の人にかかわると たわいもない事でも 大げさに 問題扱いされる。

鬼の人にかかわると 鬼の人は絶対に 自分は間違ってない と主張する。

そして 鬼の心は いつだって誰の心にも 潜む。

よって 鬼とは 人として生を受けている間に 上記の生き方をして 死後も そのふつふつとした念を抱き続けるモノだ。

そして 鬼は 鬼の心が噴出している人間に 鏡となって 現る。

鬼は 自分の写し絵のような人間を垣間見 神のおひざ元で一生悔やみ続け そして 鬼のような心を持つ人の鏡となって 働いていく。

よって 鬼がついている人は 自分で自分の愚かさに気づき反省して精進していかねばならない。

人間社会では悪人は警察に捕まらないこともある。

だが 神の世界で 無法者が放置されるわけがない。

鬼も 鬼のような悪しき者をまとめる神のおひざ元で 働いている。

その働きは 自分の写し絵のような人間につき 一生悔やみ続ける事

そして その人間を改めさせることである。

鬼がつく人間は 一生誰かの監視や注意が無いと 一瞬のすきで法や道徳などを犯す人間である。

そういう人間は 死んでも死にきれない。

死んだあと 成仏ができないのだ。

死の苦しみが付きまとい その苦しみがあるからこそ 鬼のような生き方をしていた人は人生を悔やみ反省する、

だが 苦しみはずっと続く 続かないと 鬼のように生きていた人は 聖なる世界で荒れ狂ってしまう。

それをさせないために 神は鬼と化させ 自分と写し絵のような人間につかせ 一生を懺悔させる。




だから  鬼を恐れないでください。

あなたが 清ければ 鬼は何もいたしません。

鬼となっている以上 鬼は 神の管轄です。

あなたに何かをするとき

それは 鬼の主である神が 鬼に命令を下して行いさせています。

よって 悪いことが起こったら

必ず 自己の反省が 必要です。