宇宙の彼方はイスカンダルじゃなかった。

いろいろあって 踏ん切りがついて すっきりした。

ちょこっと もやもやがあったから 話し合うと 『  良かった  』

人間って話し合えば合うほど 訳がわからんくなる。

それは 論ずる極みにたどり着けば 応えは YES か NO しかない せちない 針の穴程度の話にしかならんからだ。

だから  中間 の湯加減って とっても大事で お互いに湯加減を保たないと

熱いか冷たいかの話になる。

すっきりした分  心の窓は澄み渡り 見えないところまで 見えた。

心の窓って 限界が無かった。


宇宙の終わりは トゥルーマンショー の映画のセットのようで 本当に壁があった

それも 上手に描かれた 果てしない宇宙の絵だった。  その絵の壁は 実は球体でできていて

中心があった。 その球体は とても 小さかった。

そう、 宇宙の端っこは とても小さな球体だった。

私たちが その小さな球体の もっと遠くに居るんだけど  近くに行けばいくほど 小さな球体の面に届くの。

判るかな 私たち地球こそが その球体の 端っこ 宇宙の果てにもなっている。

そして その端っこの球体の壁の前に存在した空間は ブラックホールだった。

真っ黒のゆっくりした渦 それは とてつもなく平面でそのブラックホールの中は 


カオス 


だった。 そう、 終わりなき 終わり さながら 無限大の闇 

底があるのだけれど その底が大きな螺旋を描いているから終わり ゴールが無い。 だから終わりなき終わり。

その闇になる カオスの中心から、 産まれていた トロフィーのような 形。

画に描けば判りやすのだけど  描かない。

 簡単に教えてはいけない と感じるのだ。生きるという事に把握と覚悟が無い者に記してはいけないと。

カオスは 全宇宙のゴミ箱。 混沌とした 全ての処理しきれない念の行き着く場。

その誰もが処理しきれなかった(神さえも)念を このカオスが噛み砕き 浄化した存在で産みだす場。

その産まれい出た存在は トロフィーの形をしている。

両手が花のような形でその真ん中に円い光の塊がある。

エヴァンゲリオンのセカンドインパクトのあのシーンに似ている。

つまり  宇宙の果てのイスカンダル は 宇宙戦艦ヤマトでは行けないのだ。

そして 宇宙の果てイスカンダルは カオスが大きな役割を果たしていた。

つまり、 闇 とは  悪いのではなく 闇を制する力がある。

そして  善とは闇から産まれる のである。


そうだよね  幸せって 不幸があるから 感じられるのだから。


そんな 宇宙の果てで学んだ事は  遠いようで 摂っても近い 灯台もと暗しのような 事であった。

やっぱり  神は遠くない。

やっぱり スピリチュアルとは こんなにも近くにある。

 
  • コメント(全4件)
  • インドカレー 
    1/17 22:11

    つまり、苦悩する事で、ステップに繋がる。みたいな。苦労無くして、成果なし、苦労して、努力したから、成果あり、喜びあり、みたいな事でしょうか
  • ぽんた 
    1/17 22:20

    「表現」ですよね? 例えてエヴァやヤマトが表現したかった事と 同じように 自分の表現はスピリチュアルにあると
    課せられた重みを感じます
  • インドカレー 
    1/17 22:51

    つまり、節分の頃起きる事は、辛い事だけど、今までのつもりつもったものの累積した成果で、辛いものだけど、笑顔で乗り切って欲しいみたいな事でしょうか
  • ふー 
    1/18 01:32

    善も悪も愛したいですね、僕は
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