震災とバラとうんこ

  • 鬼塚忠 公式ブログ/震災とバラとうんこ 画像1
 震災の記憶が抜けないのか、何気ない小さなことに幸せを感じるようになった。庭に咲いた今年の薔薇は、去年のそれより美しい。しかし去年も今年も同じ木から咲いた薔薇。何が違うのだろうか?。
 20代のはじめ、イギリスに住んでいた。当地の薔薇は日本の薔薇よりずっと美しい。それは肥料に差があるという。イギリスでは馬の糞そのものをわざわざ購入し、それを肥料にするのだ。そこがポイントだそうだ。
 数年前、私の猫の額ほどの小さな庭に薔薇の木を植えた。イギリスで見ていたような薔薇が咲くのを想像したが、咲いたのは想像したとおりのきれいな薔薇ではなかった。そこでくだんの馬糞のことを思い出した。しかし生の馬糞なんてどこにも売っていない。仕方がないので発酵した無臭の馬糞をガーデンショップで購入し、肥料として撒いた。しかしこれでも、イメージした美しい薔薇は咲かなかった。
 今年はどんな薔薇が咲くのだろうと思っていると震災が起こった。新浦安は深刻な液状化現象に見舞われ、あらゆるライフラインが壊れた。一番堪えたのが下水だ。台所もトイレも使えない。行政からは簡易トイレが配られ、そこに糞尿をし、一般ゴミと一緒に出せ、という指示だ。せっかく念願の自宅を購入しても、簡易トイレに糞尿をする人が続出した。
 新浦安近辺は庭付きの家が多い。糞は肥料に使えばいいのに、と思う。そのことを住民の自治会で提案すると、私たちは人間なんだから、それは出来ない、との反論。
 “私たちには人間としてのプライドがある”のだそうだ。でもなんだよ、その人間のプライドって。今は日本社会全体が、エネルギーに頼らない生き方を模索しているんじゃなかったの?それは人間のプライドに優先するんじゃないのだろうか?
 しかし、その意見は間違ってはいなかった。実際に行動に移そうと思うと、恥ずかしすぎてできそうにない。認めたくないが、その人間のプライドのようなものがどうしても行動を邪魔する。
 自分の糞を庭に埋めるなんて思いつくんじゃなかった。この恥ずかしさと、きれいな薔薇が見れるかもしれないという期待とどちらが優先されるのだろう。冷静に考えれば前者だろう。去年並みの薔薇でも十分に美しくて楽しめる。
 自分の糞を人に見られるのが恥ずかしい。もしこれが人間のプライドなら、昔の農家は人間のプライドがないのか?そんなはずはない。私の祖先も父方を二代さかのぼると農家だった。自分の糞を田や畑に撒いていたはずだ。おじいさんは厳しくプライドの高い人だった。自問自答を続ける。
 決行の日。
 私は誰にも気づかれないように、なんと朝の五時半に起き、眠い目をこすり、ジャージに着替えた。自分の糞を新聞紙に包む。水分をとらないようにしていたので硬めのうんこ。三日分だ。幸運にも臭いはきつくない。
 そっと玄関を開ける。うっすらとし、ひんやりしている。家の前に誰もいないことを確認する。
 庭は歩道に面している。そこまで、まるで猫のように、忍び足で音を立てずに誰にも見つからないようにそっと歩く。自分が泥棒をしているような感覚だ。
 すぐにスコップで庭に穴を3箇所ほど掘り、うんこを三等分に切って埋める。とそのとき、背後から「おはようございます」と元気のいいおじさんの声。
 新聞配達だった。心臓が飛び出そうだった。近所にこのことがばれれば「鬼塚さんとこってね、うんこを・・・・」と語り継がれるだろう。それはどうしてもさけたい
 幸いにも今の声にお隣さんが反応して出てこない。当然だった。朝の六時だ。ご近所さんはまだ夢のなかのはずだ。
 しかしもうひとつ予想もしなかった問題が起こった。うんこを包んだ新聞紙をどうすべきかということだ。
 家に持ち帰るべきか?いやそれは臭いのでできない。ではこれも地中に埋めるか?それとも焼くか?
 考えているとまた人が近づいてきた。心臓が高鳴る。新聞配達の高橋さんだ。
 平然を装わなくてはならない。庭好きの私が庭をいじっている、それだけだ。
 おばさんが近寄る。そして声をかけられる。私はもう倒れそうだった。
「おにつかさん。おはようございます」
 鼓動が爆発する。恋にも似て、胸がはじけんばかりだ。もちろん恋じゃない。
「お、おはようございます」と返す。もうこれで高橋さんは去っていくはずだ。
 しかし高橋さんは立ち去るどころかあろうことか私に近寄ってきた。そして私の横に来て薔薇の木と私の手許を見る。ひとつうんこにうまく土がかぶっていない。臭う。おばさんはその臭いうんこのところをじっと見つめる。もしかして高橋さんは私のしていることを見破ったか。
「おにつかさん」
「はい、なんでしょう」もう平然を装うことは出来なかった。高橋のオバサンは満面の笑みを浮かべて言った。
「○○新聞とりませんか?一ヶ月はサービスにしと来ますから」だって。

 おばさん、脅かさないでくれよな。
 こうして私のプライドはどうにか守れた。
 そして、今薔薇は去年よりずっと美しく咲いている。 

 
  • コメント(全7件)
  • †卑*弥*呼† 
    5/16 22:26

    ペットがいた

    飼っていれば

    埋めやすかったかも
    常にお庭に自
    肥料をしてくれるか
    ぜれば
    間のとはバレないですよね

  • なお 
    5/16 22:46

    お話すごくドキドキしまし

    無臭馬糞あるんです
    薔薇、どうしたら、綺麗に輝かせることが出来るか悩んでたんです
    りがとうございます
  • OGUMENO 
    5/17 16:29

    肥料の他に、メタンガスなど何か再利用できるならした方がいいですよね。下水道がやられた時の対処法としても考えておいて損は無しです
  • ×空◯黄昏のもへじ【余震注】花畑&W.O.F&極魂 
    5/21 20:50

    キレイな薔薇には良質うん
    ったのですね(笑)

    深刻だけど面白く、更にスリル満点さに、いいね!を1票(・∀・)ノ
  • タッチ(^O^) 
    6/14 11:57

    初めてお邪魔しまし
    大好きな薔薇
    題名に惹かれ読みました
    聞で悩んでいたら新聞の勧誘…
    イスな高橋さ
    綺麗な薔薇咲かせられて良かったですね
    労が咲きまし

  • メイセイ 
    6/15 03:30

    何気ない小さな幸せ

    この日記を読ませて頂いて、私の脳裏にも幼い頃の記憶が過りまし



    小さい頃に、農家である祖父のビニールハウスへ遊びに行くと、いつもとは臭いが違う日が年に数回ありました。その度に祖父は、馬糞を撒いたんだと言っておりました。

    幼いながらに、この辺では牛や豚を飼う農家の存在なら聞いた事はありましたが、馬を飼う農家なんて聞いた事がなかったので、どうして地元にはいない類の動物の『糞』でなくてはイケナイのか、臭いのする度に疑問に思いました


    或いは、私の地元の私の知らない地域には密かにたくさんの馬がいて、その馬たちの糞を私の祖父が何かしらのルートで聞き付けて来て、トラック一杯に積んで、せっせと自分のハウスに運んで撒いていたのかもしれませんが…


    今でもその疑問は解けないままですが、

    イギリスの綺麗に咲く薔薇

    のくだりを読んだトコロで、少し私のシコリのような疑問は薄らいだ気がしました




    また、幼い頃は、畑で遊んでいて『トイレ行きたい』と祖父母に告げると、『肥料になるから畑でしなさい
    と、きまって言われたものです



    そんな畑トイレも、馬糞の臭いのした日も、20年ほど経った今では、祖父母との小さな、幸せな思い出です


  • モコたん 
    7/31 07:04

    うちのばーちゃんは春先に それを畑でやりますよ。
    聞いた時はびっくりしましたが、その方が野菜の出来が良いそうで

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