故郷の祖母は91歳

  • 鬼塚忠 公式ブログ/故郷の祖母は91歳 画像1
 去年から今年にかけての年末年始、故郷へ帰省し、なんと12日間も地元、九州で過ごしました。その間、遊び呆けていたわけではありません。祖母も91歳になったのを機に、祖母の人生を記録に残すためにビデオカメラを回しながら、話を聞きました。するとどうでしょう。驚愕の話が続々とでてきました。
 
 そのなかのひとつを書きます。現在、祖母はグループホームにいます。これまでの人生の記憶はところどころ抜け落ちていましたが、戦争体験がよほど強烈だったのか、その頃のことは、忘れたといいつつも、けっこう鮮明に覚えていました。

 私の<祖母>は、結婚し、警察官になった祖父について、戦前の朝鮮半島に渡ります。給料が倍以上もらえるからです。現在のソウルより北へ30キロほど行った中規模都市だったそうです。
 
 そこで母を産みます。しかし<祖母>は産後の肥立ちが悪く、寝たきりになります。昔の人はよく「産後の肥立ちが悪い」などと言いますが現代人の私にはいまひとつピンときません。今回、祖母の話を聞いて初めて、それがどういうことか理解できました。 
 
 <祖母>は出産後急激に体力がなくなり、容体を心配した<祖母>の妹が、看病のために九州からはるばる朝鮮に来ました。
 しかし、その看病の甲斐なく、<祖母>は命を絶たれたそうです。
 
 ……あれ?
 では私が話していたのは誰なのか、と思われる方もいらっしゃるでしょう。
 
 実は、今回話を聞いた目の前にいる祖母は、<祖母>ではなく祖母の妹だったのです。祖母の母、つまり私の曽祖母に、生まれたばかりの私の母の面倒をみるためにそこにいなさい。つまり祖父の後妻になりなさいと言われ、従ったそうです。その後、彼女は二人の子供を産みました。
 私が祖母だと思っていた人が祖母の妹で、母の兄弟だと思っていた人は異母兄弟だったのです。

 親の言うことに従わなければいけない、そういう時代だったのです。いっけん、自分の好きなように生きられないのでつらい人生のようですが、私が話した祖母の顔は人生を謳歌した素敵な笑顔でした。
 
 世代が変わり、ある意味命は受け継がれますが、記憶はじゅうぶんなコミュニケーションがとれないと受け継がれません。こちらがカメラを向けて真剣に聞き出そうとしなければ分からなかったことなのです。


 写真は九州。

 
  • コメント(全7件)
  • 紅月 
    3/8 16:11

    それは驚きですね

  • まりも 
    3/8 16:13

    すごく勉強になる話でした、ありがとうございます

  • アンディ 
    3/8 17:16

    私の祖母も実姉の遺言で後添いになったと聞きました。昔の家族の成り立ちや血縁の意識、考えさせられます。
  • 〆月華〆ありがとぅ(●^ー^●) 
    3/8 18:51

    驚き
    の女性は…
    現代の私達女性には…考えられないかもです

    祖母様?はグループホームで生活されていて幸せかもです
    かなか介護の業界で、グループホームで自分らしく生活出来る人は、数少なく認知症がある方はベストな生活の場所と思います

    古い話題でコミュニケーションがとれる事大切な場面だと思います

    温かな場面で
    驚きもまた、その方の人生箱の開かれなかった物語の1つと思います。


  • アンネリーゼ  
    3/8 21:32

    戦前頃からしばらくは親の言う事が絶対の時代でしたね。私の祖母(母方)も同じような経験をした人です。明治頃から戦前時代の生きた話は良く聞かせて貰いました

  • なお 
    3/9 10:11

    苦労なさったんですね。
    一生懸命生きている方って
    ラキラ
    ているように感じま

  • 鬼塚忠 
    3/9 11:52

    コメントありがとうございます。
    同じような経験をしている人も多いのですね。
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