映像作家という蔑称

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映像作家。
昔ながらの映画制作現場で、キャリアの長い技師からこう呼ばれたら、
蔑称だと心得た方がいい。
少なくとも少し前まではそうだった。
撮影技師でもなければ照明技師でも録音技師でも編集技師でもない。
撮影から編集まで自分でこなす中途半端な人間。
エキスパートとは程遠い存在という意味だ。

しかしだ。
時代は変わった。
映像制作の現場はもちろん、
今じゃ写真家が映像を撮って編集まで求められるようになっている。
ならば映像の人間が映像制作のスキルを広げるのは当然じゃないか。

私は演出だ。
自分で編集する。
撮影技師とちゃんと呼んでもらえることは光栄だ。

ステディカムの自力オペレートを覚えた。
音楽を自分で作っている。
大判センサーに慣れるためにスチルカメラを持ち歩く。

それ以外のこと。
いくらでもある。
数えだしたらきりがない。

5月末からひと月ぐらい沖縄にいた。
せっかくだ。ブログに画像を載せまくろう。
実に17年ぶり。
学校で映像制作の講義もさせてもらった。

沖縄で決めた。
自分でやることをさらに増やす。
私は半端者だ。
だが映像作家を蔑称として使う者は、これからいなくなるはずだ。
技師。
それしかできないと見做される時代がくるやもしれん。
訓練を始める。
1年ぐらいかかるかと思って相談してみたところ、
4〜5箇所現場に入ればものになるとのことだ。
自分の半端者歴が物をいうところ。
わるいばっかりじゃない。

それでも苦手なことを始めるのに変わりはない。
自分でやることをもうひとつ増やす。
修行だ。