幼少の記憶 その5



ども、引っ越した岡田達也です。







と言っても昔の話。

岡山に住んでいた僕は

どういう訳か母親と二人で京都に引っ越すことになる。

父親は鳥取へ行ってしまった。

記憶も定かではないけど

「お父さんの仕事の都合」

という説明だった気がする。

まだ5歳の子供には

思考能力も備わってなかったし

選択の余地も無かった。

言われるがままに京都に引っ越した。

それから1年以上の間

母親との二人暮らしが始まる。

大人になって別居した本当の理由も理解したけど

ほじくり返したって良いことは一つもない。

逆に言えば

今回の『水平線の歩き方』の役作りの参考になったんだから

この別居の期間も悪い体験ではなかった。



住まいは京都の太秦。

そう

かの有名な太秦映画村がある街。

その裏手に位置するボロアパートだった。

どれほどの部屋だったろう?

大きさは定かではないが

確か6畳の畳の部屋と小さなキッチン。

それにトイレが付いているだけ。

風呂はなく

この時から銭湯通いが始まる。

入りにくくて嫌いだったけど

五右衛門風呂でもあるだけ良かった。







つづく