幼少の記憶 その3



ども、ラストスパートの岡田達也です。







岡山には2年間住んでいた。

父親は建設省(現在は国土交通省)に勤めており

母親は相変わらず看護婦をしていた。

つまり、共働きである。

そんな家庭事情から

僕は保育所に預けられていた。

もう名前も覚えてない。

でも、

平屋の建物

中庭の景色

保育士さんのエプロンの色

そんなことは記憶に残ってる。



僕はいわゆる「居残り組」だった。

両親とも仕事をしていたので

迎えにきてくれる時間が遅い。

他の子供たちが夕方には帰って行くのに

僕を含め数名の子は

日が暮れて親が迎えに来るまで

さらに数時間を過ごさなければならない。

かといって別に寂しいわけではなかった。

むしろ僕は居残りの時間が大好きだった。



居残り組の子供たちには

・みんなが帰った後はテレビを見させてもらえる

・おにぎりが食べさせてもらえる

・うたた寝をすると保育士さんが背中をポンポン叩いてくれる

という素敵な特典があった。

もしかすると他の子はそうは思ってなかったかもしれないが

少なくとも僕はラッキーだと思っていた。

そう、寂しさよりお得感を感じていたのだ。

(なんかイヤな子供だな)

そうこうしているうちに親が迎えに来てくれる。



両親は二人で迎えに来てくれることが多かった。

今思えば

仕事終わりで待ち合わせをして

僕を迎えに来てくれたのだろう。

僕はいつも

「今日はあんなことがあった。

こんなことがあった」

と話をしたいのだけど

もうその頃には睡魔が襲ってきてしまい

いつも父親が負ぶってくれて

その背中で寝てしまうのが常だった。



今にして思えば幸せな時間だった。







つづく