幼少の記憶 その1



ども、鳥取生まれの岡田達也です。







ちょっと子どもの頃の話を書く。

でも長いので何日かに分割させてくださいな。

あんまり面白い話ではないかもしれないけどお付き合いください。





1968年2月13日

午前10時10分

そんな時間に

身長55cm

体重3600g

というサイズで生まれてきた。



僕を取り上げた先生が

「うわ!なんだ!

この子から放たれる神々しいまでの輝きは!

きっと将来すごい人間になる!」

というような発言もなく

いたって普通に生まれたそうだ。



その後2年間は鳥取で暮らしたのだけど

全く記憶にない。

いや、正確には

「叔母の家の居間」

「家の前を流れていたどぶ川」

など

断片的に切り取って思い出せるものはいくつかあるのだけど

それも片手で足りるほどだ。



3歳で岡山の西大寺に引っ越すことになる。

で、

この頃からの記憶はちゃんと残っている。



毎朝庭の塀の隙間から

出勤していく父親に手を振って見送っていたこと

毎夜父親が夜食にラーメンを作っいて

それを子供用のお椀にお裾分けしてもらって食べていたこと

父親に無理矢理抱きかかえられ

嫌がるのもお構いなしで顔に髭を擦りつけられたこと



って回想してみると

不思議と父親の記憶が多い。

そう、この頃の僕は父親のことが好きだったのだ。







つづく

 
  • コメント(全5件)
  • 眠り館のMayte鵑沺爾ん 
    4/22 09:26

    3歳程度の記憶をこんなに克明に覚えていらっしゃるとは

    流石ですね

    普通はかなりおぼろですよ
    因みにウチの1番古い記憶は4歳の頃、ソファーから弟を叩き落とした瞬間です

  • ひまわり鹵銀河 
    4/22 10:09

    私の一番古い記憶はおじいちゃんと入った熱湯風呂(笑)
    保育園にあがる前だから2歳くらいかな
  • 椿はるか☆大倉さん・川原さんLove☆ 
    4/22 11:52

    3歳の頃の記憶まで覚えていらっしゃるとは凄い記憶力ですなぁ


    ワタクシの場合幼い記憶というのは全く覚えていませ

  • 菊乃 
    4/22 16:07

    私は父親っ子でしたよ(笑)反抗期がありませんでしたから
    は父は亡くなって母親と二人暮しです。
  • バッシュ 
    4/23 01:37

    ブログとは、関係ないコメですが
    西川さんの事がありましたので

    2作品、出っぱなしの岡田達也を劇場に見に伺います
    節目を越えたら、キャラメルは試練を与えられてますが、
    ファンの一員として、『いつでも、劇場で待ってますから』

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