今、帰りました。

今、帰ってきました。

今日は、朝9時に出て、帰りが深夜2時過ぎなので、
いろいろしてきたなーって位、動き回りました


最後は、聾者の友達と会っていたのだけれど、その友達が終電逃して
しまったので、友達に来て貰い、私も便乗して梯子して送って
貰っちゃいました。

不思議なことに
私一人を送って貰うのを頼むよりも、何だか気が軽く、
送ってくれる友達への申し訳なさを送って貰う友達と半分で
割ってしまいそうな感じになるのだけれど、

実のところ、一人で送って貰うよりも負担は大きいんですよね。
例えていうなら・・・
バス停に止まっているバスに待ってーって一人で走ってバス停に
向かってようやく乗ったときは、自分ひとりが恥ずかしくて、
申し訳なく思うけれど、自分よりも後に駆け込み乗車で一人でも乗ると
なんか気が楽になるという感じ?

エレベーターでもそうだけれど、自分のために閉まりかけたドアを
中から開けてくれたりすると嬉しくも有り、恥ずかしさもあるけれど、
その後もう一人乗って着たりすると、恥ずかしさは半減し嬉しさだけ
残るみたいな・・・

まったく・・・
人間って都合よく考える生き物だにゃ(反省)
もちろん、私も友達も送ってくれた友達には丁寧にお礼を伝え、
無事帰宅しました。

位置的に、三角ルートで梯子してもらった感じなので、倍は時間
かかってないはず。負担は5割り増し、お礼と感謝は二人分という
『倍返し』って事で、まわるく収まるといいなぁ。

でも、エレベーターとかで、こんな事ありませんか?
ほとんど閉まり切る瞬間に、遠くから乗りたそうに走ってくる人に
気がつき、中から開けてあげちゃうんだけれど、

あそこまで閉まってるんだから、開けるなよ・・・って雰囲気の
プレッシャーを同乗者から受けることがあります。
そんな時も、乗ってくる人が、複数人だったり、老人だったり、
障害者だったりすると、しょうがないなって感じか、
開けて当然みたいな雰囲気になってくれるからいいのだけれど、

すごく太った人だったりして、わざわざ開けてあげて乗ろうとしたけれど、
重量オーバーのブザーが鳴ってしまい乗れなかったりすると、
何してくれてんの・・・という視線を感じることが・・

あれは、気まずい。
それと、せっかく開けてあげたのに、乗るほうが遠慮しちゃって、
やっぱりいいです。お先へどうぞ・・・
みたいに言われちゃうと、これも、エレベーター内が気まずい。

でも太った人に言わせると・・・
一番先に乗ったのに、最後に乗る人が華奢で小柄な女性で、
規定人数以内なのに重量オーバーの音が鳴ったりしてしまうと、
エレベーター内の空気が、お前のせいだろう?
みたいな雰囲気になって、気まずい上に視線がなんか腹立たしい
らしいです。


う〜ん・・・エレベーターのマナーって電車よりも難しいよね。