「キャンガン」という場所を御存知ですか?

フィリピンの北部にキャンガンという山間部があります。
数年前に世界(文化)遺産として登録された棚田の美しい場所です。

10年前に祖母を連れて向かったその村は、祖母の兄が戦死したところでもあります。

おじいちゃんおばあちゃん子であった私は祖母を連れて一緒に旅行をする事に…。孝
旅行
のつもりがマニラ市内から車で丸一日がかりというその場所は、簡単に行けるはずもなく…
、当時、軍人を警備に雇い現地邦人の友人に頼み装備車で出かけました。

向かう最中、祖母は「この道を食べる物も無く歩いたのね…
」とか「少しでも日本に近付きたかったのね
」とずっと窓の外を見ていました。
当時(74歳)の祖母にはシンドイ道のりだったと思います。

どの景色も見落とさないように、車の窓ガラスに顔をこすり付けるように見ている祖母の姿は今でも脳裏に焼き付いています。

当時の様子を知る村長さんが御存命で「ここにいた日本兵は悪さはしなかった。」と祖母の手をとり話して下さいました

「昭和20年に遺髪と遺爪が戻ってきた」という祖母の話のとおり、終戦後現地に残った日本兵もいらしたとか…。

地上戦もあったという事でしたが、私達が訪れた時は、静かな…棚田の水の音さえ優しく聞こえるくらい、澄みきった良い所でした。

兄から習ったといって吹きだしたハーモニカを村の方々に披露した祖母は「冥土の土産が出来た
」と言って喜んでいました。

今も健在な祖母は「冥土の土産
は沢山ある方が向こうへ行ってからも退屈しない
」と小旅行を楽しんでいます。

終戦記念日が近づく度、祖母はキャンガンの話をしてくれます。
祖母が一番気にしていた事、それは「空爆でなく地上戦で良かったと…
。」
私は、最初理解出来なかったのですが…いまだに最新兵器の
空爆が事もなく行われているニュースを見る度、祖母の言わんとする事が、少しだけ理解出来るようになりました。

日本中が年に1回でいいから、真剣に平和について議論出来たら良いのにね。

長い文面にお付き合い頂きありがとうございました。

 
  • コメント(全4件)
  • ごはん 
    8/14 01:45

    ほんとですね
    私の祖母も、戦争でご主人をなくし、私のおじいちゃんと再婚したらしいのですが、そんなことが起こらないように、祈るだけでなく、考え、話し合いがきちんとできるといいですね。
  • 野崎史湖 
    8/14 07:43

    この長文にコメントを寄せて下さり、ありがとうございました。 史湖
  • ポッケ 
    8/14 11:31

    はようございます。
    私の祖父の兄も満州の帰りの船で戦死しています。
    衛生管理隊長といい現在でいう歯科医だったそうです
    不思議と私も歯科の道につきました。
    現在は単なる主婦ですが



    小学4年生の私に曾祖母は竹ヤリの練習などの話を教えてくれました。
    辛くて毎日不安な日々だったと話してくれました。

    これからの私達は国と国の喧嘩で何を学び どう活かせるのしょうか…
    そして子供達に伝えていけるのでしょうか…
  • 野崎史湖 
    8/14 11:47

    本当にその通りですね。史
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