防災の日

今日は9月1日。

防災の日。



毎年、この日は来るのだけれど

今年はより「防災、減災について考える」ということが

大事かということが染み入ります。

普段から考えたり、実行したりというのが一番いいのだけれど、

個人だけでなくて地域で「防災」ということについて
考えるというのもとても大事なことなんだな、

と改めて東日本大震災が起こり

重要性を感じたラジオを聴きながら思っています。

あの日を境に私が変わったことといえば、

政治の動向に興味を持ったこと。

自分達を代表して国を動かそうとしている人たちが

どういう考えで被災地なり、原発なり、日本国民を考えていて
何をしてくれようとしていたり、実際何をしているのか。

直接、自分達の生活に関わってくるんだと本当に実感したのです。

そして、靴が好きなので
美しいフォルムのヒールがある靴など大好きなのですが

スニーカーやペッタンコの靴を履くことが多くなりました


でも、地震の日もそうだったのですが

昨日も出かけている途中で携帯の電源が切れて・・・・


「8月最後の水曜日」という投稿記事を書いている途中だったのに・・・

こんなことじゃあ駄目だ、と一日明けての防災の日。

amadanaで見つけていた
ソーラーパネルの携帯充電器を出来る限り早く 買って来て
持ち歩こうと思います


皆さんが3,11以降変わったこと、実践している防災対策など
ありましたら教えてください


まだまだ避難所にいらっしゃる方、
被災地それぞれの場所で大変な想いをされている方
たくさんいらっしゃると思います。

少しでも早く、それぞれの生活を取り戻し
笑顔が増える日常になることを願っています。





 
  • コメント(全11件)
  • こうちゃん 
    9/1 10:34

    ぉはよ

  • とぅーる(男) 
    9/1 10:54

    今日この日は『関東大震災』が起きた日。首都直下型地震は近年その発生がいわれていますが、過去の経験を風化させないようにしたいものですね

  • ライノ 
    9/1 10:57

    こんちは。

    あの日は、公共交通がアウト。自転車で出勤しました。途中、ありえない数の帰宅困難者とすれ違いました。 会社まで約10、何パターンかの帰宅ルートを確認しました。

  • の【】 
    9/1 12:17

    遠く離れた地域なので、東北震災時は普通に生活していました。
    震災後にニュースで知り、ビックリしました。

    震災がおこるたびに【ラジオ(情報)】の大事さを感じます
    通勤が車なんですが、音楽もいいけど、ラジオを聞くようにしてますよ(^-^)v
  • 放浪人(TABIBITO) 
    9/1 12:17




     ソーラー充電器は便利だ


     間に合わせなら電気屋さんとか
      2千円くらいで買える


  • プンテヌル 
    9/1 13:05

    ドコモの親族登録をしておくと通話料金がタダになるし、安否確認伝言板の情報が登録者皆へ届くよ。連携作戦がやりやすい。
  • デール52。(p>∧<q)。゚゚ 
    9/1 16:30

    常に歩きやすい靴を履いてます。
    あと、手動充電式のラジオ・ライト・携帯電話充電器を持ち歩いてます。
  • ソフィ-☆ 
    9/1 21:58

    3.11から変わったこと。。
    キモチ‥ッてゅ-か‥‥心かなぁ
    誰かを大事に思うキモチだとか守りタイと思うキモチ。で、強く生きたいキモチ

    誰かに寄ッ掛かッて守られてタイ気持ちが、昔ゎ確かにアッタけど‥ソレだけぢゃぁイケナイんだなと、気付いてたのに気付かないフリしてゎ居られなくナッタッてゅ-か‥( ̄^ ̄;)
    固意地張ッてでも、生きてかなくちゃナンナイんだと思い知ッた感じです。
    小難しい考え方をしちゃうのゎ私の悪い癖だけど、都合の良い誰かと人肌恋しいだけで寄り添うのゎヤメょぅと思えるょぅにナッタのゎ、自分の甘えと決別出来た気がして何だかスッキリしてます。
    ソレでもヤッパリ支えて貰いたいときもあるんですけどね

  • 釣り 
    9/1 23:59

    入浴剤入れた時でも、風呂水は抜かない。(トイレに流す用)湯たんぽ(赤ちゃん用だと低温火傷なりにくいので、尚可)寒い時助かります。都市ガスの所は、カセットコンロ有ると良いですね。家が駄目になった時のために、家族で避難所決めておくと良いですよ。
    ぶん携帯電話は、数日間使えないと思います。

  • さ湯 
    9/2 01:04

    3.11の数日前に東北地方に大きな地震がありました。
    津波注意報が出たけど来たのは50cm程度の小津波
    テレビのニュースはいつものように警戒しながらも当然の
    ように報道は収束への道を辿って行く。

    そして震災当日。
    遅い昼食を済ませて午後の仕事に取り掛かろうとしていた。
    数日前のように揺れの第一波。『あ、またか』
    奴は同じ面をさげて、またやって来たかのように思えた。

    あぁ時間が長い。強さが増幅してる。
    地震情報が流れるはずのテレビが揺れる
    目の前のPCも、そばの本棚も揺れる。
    プツッ、プツッ。
    電気が切れた音と共にすべての電源が切れた。
    まだ午後ど真ん中の部屋が暗くなり揺れは続く
    本能的に巨大地震が想像出来た。

    ラ、ラジオ。
    反射的に手に取って地震情報をボリュームアップ。
    普段聴くことが無い携帯ラジオがそばにあったのは奇跡。

    更に耳慣れない言葉が飛び込んで来た。『大津波警報』。
    続くフレーズに戦慄を覚える。10mを超える大津波
    何回も太平洋沿岸に打ち寄せているとの情報。
    我が耳を疑ったのは言うまでも無い。
    テレビニュースの音声を探して状況を想像しようとしていた

    暗闇にゆらぐロウソクの灯りの中、刻々と入ってくる惨禍の模様。
    数時間前までの日常が壊れて行くのを実感していた。

  • くまら 
    9/3 18:59

    東日本大震災は皆さん東北は気にかけますが、長野県の栄村を気にかける人が少ないというかいない
    自分の住んでる市は栄村と姉妹都市なので寄付も栄村用でし
    そして栄村や東北の人だけでなく三宅島の人達も未だに多く自分の市には避難していま
    報道が薄れると忘れられてしまう記憶が薄れることなくいまそこに現実としてあります

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