18年(=゚ω゚)ノ

おはようございます☆



いつもいいね!やコメントありがとうございます*\(^o^)/*

友達との会話で「おこだぞ!」って言われたら「オコジョだぞ!( *`ω´)」って返してやろうとたくらんでいます

日下部慶久です(=゚ω゚)ノ



本当は昨日更新しようと思っていたのですが、いろいろと忙しく、、、


こっからは真面目な話。


さて、昨日。1月17日は何の日か覚えていますか?



はい。
阪神・淡路大震災のあった日です。



当時オイラは兵庫県の西宮市に住んでいました。



オイラの住んでいた地域は六甲山の北側で、地震による被害はあまりなかったのですが、南側は映像や写真などで見たことのある方もいると思います。



高速道路は横倒しになり

至る所で火災が発生し

倒壊した家屋やビル



当時小学一年生だったオイラは現在25歳になりました。



18年たった今でも当時の事を覚えています。



震災後オイラは南側にあった少年野球のチームに入っていました。




しかし、グランドや広場には仮設住宅が立ち並び、チームメイトにはそこで生活していた子もいました。




オイラがそのチームにいたのは約2年。


その2年間で、仮設住宅の数は減ってはいったものの無くなりはしませんでした。



その後中学二年生にあがると同時に岐阜へ引っ越してから小学生の頃一緒に遊んでいた友達との連絡がだんだんと少なくなり、今では誰とも連絡を取っていませんが、たまに懐かしく思い出す事があります。



特に、一昨年の東日本大震災以降。



阪神の時より大きな地震。



あれから2年が経とうとしている今でも被災地には地震の傷跡が多く残っていると聞きます。



大切なのは忘れない事。
この経験から次を探すこと。

知らない世代へ繋いでいくこと。



本当は昨日書くべき内容ですが、オイラの個人的な理由で書けなくて。



でも、どうしても書きたかったから今日書かせていただきました。



これからもオイラはオイラにできる事をさがし、それが1人でも誰かの支えとなるのならば全力でやっていこうと思います。




最後になりましたが、阪神・淡路大震災で犠牲になってしまった方へ心から御冥福を御祈りいたします。



日下部慶久