子曰わく、晏平仲(あんぺいちゅう)、善く人と交わる。久しくしてこれを敬す

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昨夜は、湯島の斯文会で、安岡定子先生の、おとなの論語塾に参加しました。

毎月第3水曜の夜に開催されております。昨夜も、この章句の背景について、教えていただき、改めて論語の新発見がありました。

晏平仲:あんぺいちゅうという人物について、孔子が話してしる一文です。

斉の国の宰相で、晏子(あんし)とも呼ばれていたそうです。

訳は、普通人は久しく交際すると、だんだんと敬が失われてくるものであるが、晏平仲(あんぺいちゅう)という人は長い付き合いの人ほど彼を尊敬した。

背景として、こんなことがあったそうです。

孔子が理想を叶えんと大国である斉を訪れて景公に仕官しようとした時の事、景公は孔子に領地を与えて大夫として召抱えようとしたのですが、晏平仲は景公を諌めて以下の様に言ったと史記に記されているそうです。

「儒者は滑稽多弁ですから、 そのことばを手本としてはなりません。傲慢不遜で自分の思いのままにふるまうので、低い身分に置くこともなりません。周の王室はすでに衰微し、礼楽も残欠して、久しい年月を経ました。しかるに今、孔子は容儀修飾を盛大にし、登降の礼儀や歩行の節度を煩雑にしています。 これを採用するのは、微賤な細民を救済する急務ではありません」

結局孔子は斉の国に登用されない事になりました。当時の斉は商業で栄えており、人口も多く、孔子の故郷である魯の国とは全く体制が異なっていたのです。また、儒学者たちが葬礼を豪華にして国の財産を浪費している事もあったようです。但し晏平仲は孔子個人に対しては敬意を払っており、またこのような政治的な事件があったにせよ、孔子が晏平仲を認める発言をしているところに、孔子の偉大さを垣間見ることが出来ると感じました。

どこかの党の共同代表が、お互いを批判し合っているようでは、どうなんでしょうか

西南の役で死んだ西郷の遺言である、慎みて死なぬ工夫をしろ、を副島種臣が
受けて、南洲を祭ると題して、

汝がために はしる涙は民の為
君の御ためを 思ふすゑから

を思い出しました。

 
  • コメント(全3件)
  • 尊徳(敬天愛人) 
    6/20 09:25

    先生、おはようございます


    人間は「心がけ」「心境」「真実」などという徳性を長いこと(久しく)磨錬することが大切であると、安岡正篤先生も著著の中でおっしゃっていますね



    つまりは、いつも良い習慣を積んでいくことが大切なのでしょうが、なかなかこれが…


    今日も精進します


  • ぶたネコ*明日は明日の風が吹く〜☆ 
    6/20 11:10

    うん。
    よくわかんな

    後でまた読みにきま


  • ワカメ 
    6/21 17:05

    先生こんにちは。

    いつも為になる日記、拝読させて頂いております。

    今回も??難しすぎてワカンナイです


    噛み砕くと、どんな具合でしょうか?

    お忙しい中恐縮ですが、論語に興味がありますので、私のような者にもわかりやすくザックリと教えて頂けると嬉しいです。



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