「自然の摂理 命の法則」,今朝も、致知より紹介させていただきます。

  • 木下博勝 公式ブログ/「自然の摂理 命の法則」,今朝も、致知より紹介させていただきます。 画像1
  • 木下博勝 公式ブログ/「自然の摂理 命の法則」,今朝も、致知より紹介させていただきます。 画像2
確かに、農薬の登場は、効率化が進みましたが、消費しきれないものは簡単に捨ててしまう。この言葉に、深く考えさせられました。
皆さんは、どんな風に感じますか?

写真は今朝の、東京と酒田市です。



 徳重文子(とくしげ・あやこ=百姓、「徳重紅梅園」代表)


「生きてここを出られたら、
 いのちを守る食べ物を自分でつくる仕事をしたい」
 

戦中戦後の動乱期に女学校を卒業、
その後すぐに結婚したものの、
生来病弱だった私は二人目の出産とともに結核に倒れ、
生死をさまよう日々を送りました。

病棟では喀血で何人もばたばたと
いのちを落としていく中、私は
“百姓”として梅づくりに生きる覚悟を定めたのです。


子供の頃、漢方に明るかった祖父が、
病弱な私が体調を崩すたびに
青梅を煮詰めた梅肉エキスを
飲ませてくれたことを思い出しました。


「これはお前にとっていのちの綱だから
 しっかり作り方を覚えるんだよ」。
 
 
祖父は幼い私の手を取って、ゆっくりゆっくりと
土鍋をかき混ぜながら作り方を教えてくれたのでした。

幸い、ストレプトマイシンの人体実験を引き受け、
結核は治まりました。
私はいのちを守るために生きると決意したのです。

世間体のためだけに
一緒にいた夫との生活に終止符を打ち、
二人の子供を引きとって、
宮崎の都城に借金をして土地を買い、
千五百本の梅の苗木を植えました。

何も分からず手探りで始めた梅づくりでしたが、
戦時中、勤労動員に駆り出され、
毎日いろいろな篤農家の下で
農業の基礎を学んでいたことが
大きな助けになりました。

同時に


「お百姓さんがいなければ、
 どんなに偉い人でも生きていけないんだ」
 

と感じたことが、
この道で生きる誇りとなったのです。

人生を賭ける覚悟で始めたものの、
やはり最初は失敗や苦労の連続でした。
もちろんすぐに食べていけるようにはならず、
クリーニング業や牧場などの副業もこなし、
途方もなく忙しい日々が続きました。


そんな時でした。

昭和三十年代後半、日本に農薬が登場し、
「これを使うと楽になる」と
周囲に勧められるまま除草剤を
撒いてみたことがあります。
すると一晩で土が白くなり、
ざらざらになってしまったのです。

私は恐ろしくなって近くの
国立試験場の先生を訪ねました。
先生は農薬の恐ろしさをお話しくださり、


「土はいのちです。まず土をつくりなさい。
 土が健康であれば作物は必ず元気に育つ」


と教えてくださいました。
この言葉が私の梅づくりの根幹となりました。

そうして三十年以上にも及ぶ
私の土づくりが始まりました。

図書館で勉強しては、自分の土で試してみる。
そうして失敗してはまた図書館で調べる。

遅々とした歩みではありましたが、
自然は裏切りません。
やったことの結果が必ず出てきます。

空気と土と水と太陽があって、
いのちの循環がある。
自然の摂理は、どんなに科学が進歩しても
変わることはありません。

試行錯誤して土づくりをしながら、
私は自然界から哲学を学んでいったような気がします。

梅づくりを始めて約五十年、
いまでは有機肥料を使った耕作によって、
土壌にはミミズや何百億の微生物が棲むようになりました。

梅園の土はホクホクとして柔らかく、
地面から地中に軽い力で挿した棒が
スーっと一メートル以上も入っていくほどです。

そうしてつくった梅を天然の塩で漬け込み、
三年間樽の中でじっくりと寝かせ、
天日干しして完成させた梅干しは
標準的な梅干しより鉄分が九倍、
ビタミンAやカロテンなどは
二十三倍という結果が出ています。

いま梅の木は千八百本に増え、
梅干しや梅肉エキスは口コミなどによって
全国に販売するようになりました。

それでも千八百本の梅の木を有機肥料だけで栽培し、
すべて手作業で加工することは、
採算面で見れば決して楽な仕事ではありません。


「どういう信念で無農薬の梅づくりを貫いてきたのですか」


皆さんからよく聞かれるのですが、
八十歳となったいま、
ようやくその原点が分かるようになりました。


忘れもしない昭和二十年四月十六日、
都城の航空基地から白んでいく明け方の空に
多くの少年兵が飛んでいきました。

当時私は十五でしたが、
自分より三つか四つ上の同世代の人たちが、
沖縄に向けて飛び立っていった、
その機影がいまも目に焼き付いています。

戦争が終わり、多くの引き揚げ者が帰ってきましたが、
彼らの姿はありませんでした。

同時に、それまで受け継がれてきた
日本の伝統のすべては否定され、
欧米の文化が洪水のように押し寄せて、
多くの日本人はそれを歓迎しました。

それは農業界も同じでした。

百姓を農家と呼び、無農薬、有機栽培を捨て、
効率や商売を優先して、
化学肥料で大量に農作物をつくっては、
消費し切れなかったものは簡単に捨ててしまう。

あの日若い特攻隊の人たちは、
こんな世の中にするために命を捨てて
飛んでいったわけではないと思うのです。

体も弱く、いつ死んでもおかしくなかった私が
生かされてきたのだから、何か使命があるのだろう。
それが梅づくりだったのだと、
この年になってつくづく感じるようになりました。

私がやってきた五十年に及ぶ無農薬の梅づくりは
大変な道のりではありましたが、
自らつくりあげたわけではなく、
本来日本人が何千年と続けてきた、
自然の摂理に適った農法です。

それで本当においしく、体にいい農作物をつくってきたのです。
この日本人の英知を何も足さず、
何も引かずに後継者である
孫の俊一郎に伝えていくことが、
私の残された人生の使命だと思っています。

 
  • コメント(全11件)
  • 屋根ノ上ノ猫  
    12/20 10:22

    木下先
    いつも佳いお話をありがとうございます
    私もそう思います。マクロビオティックで必然的に無農薬有機栽培の梅干しなどを食しているわけですが 遠く、私の故郷青森でも、私は大量生産でなく日本の古来の農作物で育ちました
    食品添加物によって私はいつもアレルギー状態です。
    日本が日本古来の伝統を守りながら、今日に至っていたならアトピーという悩みもなかったかもしれません

    先生 ありがとうございま
  • あい 
    12/20 10:26

    梅かぁ(*^_^*)


  • くるみGF*療養中しばらく活動休止 
    12/20 10:45



    80才の ぉばぁちゃんの
    ぉ孫サンの俊一郎サンて
    何才なんだろ

    30前後かなぁ

    頑張ッて 伝統 受け継ぃでほしぃな

    ぉばぁちゃんの 梅干し
    食べてみたぃなぁ



    よし!検索してみよ


    キノピー先生


    今日も ぃぃぉ話 ァリガトーござぃま〜




  • 。゚*ほしのゆめ*。゜ 
    12/20 11:03


    何十年もの
    幾重もの時間をかさねない
    見えないものもあって …


    自分は何をし
    どう生きていくのか

    長いこと頑張り歩い
    ふとふり返ったとき
    そこに
    徳重さんの築いてきたもの
    その軌跡が
    みえたのかな … ◯


  • ぶたネコ*明日は明日の風が吹く〜☆ 
    12/20 11:53

    母方の父ちゃんは肥料屋でした。
    美味しくて健康に良い作物を作るんだと、肥料を研究して販売していました。
    たまに作物のおすそ分けを頂くのですが、この時期ですとヤツガシラ。これが本当に美味しい。スーパーのとは食の進み方が変わるくらいでした。

    私の父さんは頑固オヤジです。掃除が面倒だからと墓石の周りに除草剤を定期的に撒きました
    結果、風が吹けば砂は舞うので土が痩せましたよ。

    農薬を使っている農家は自分たちで作っている作物は食べないでしょう。
    私は農家が食べてるその作物を食べたいと思ってます。何故なら健康に良くないものは、体が資本の百姓が食べるわけないから

    文子さんの意見に大賛成。よくぞ文章にしてくれたと思います。
    自然の摂理はとても大切。
    命の法則か。。。
    私が生きる理由って何だろう。
    生かされているとしたら、もう役目は終わってる気がします
  • せいちゃん 
    12/20 12:17

    今の日本に求められている力だと思います。
    後の世代のために、物資に頼らない長続きする幸福を追求する日本にしたいですね!
    今日も良いお話をありがとうございます(^-^)
  • 退会します 
    12/20 12:25

    僕は便利には必ず欠点があると思うんです。「原発」も農薬と始めは同じだったと思うんです。過疎化した市町村は潤い本当明るい未来だって感じていたんだろうって思います。
     食べ物・化粧品などオーガニックが好まれるようななってきています。低分子化で深刻なアレルギーも出てきました。今僕も木下先生と同様、体に入るものはオーガニックで生活しています。元々体の強くない僕には最後の足掻きのようなものでしたが、少しずつ変化を感じています。体力が付いてきたのか、今までより少し多くのことをしても疲れがたまらなかったり・・・。人それぞれで数十年後結果や差が出る気がします。
  • マッキー 
    12/20 12:35

    我が命はこの大宇宙より生じたも

  • **トントン** 
    12/20 13:12

    深いですね


    先生のお話、いつも心に響き渡り、忘れていたものを思い出させてくれま



  • ∞∞∞ 
    12/20 13:25


    基本
    生きる=食べて行く事ですからね


    戦争・特攻隊などを生で見て、感じて、生き抜いて来たおばぁちゃんの思考にはズッシリと重みが有りますよ

    俊一郎さんには是非とも頑張って頂きたく存じました



    お疲れ




  • GREEにログイン(新規登録)するとコメントを書くことができます。
    ログイン(新規登録)