多くの医師が、澤村先生のようだと、僕は考えます。

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今日、紹介させていただきます、致知の記事は、同じ医療従事者として、改めて考えさせられます。

外科系の医師の多くは、生活の中心は、受け持ちの患者さんです。プライベートなど2の次、3の次で、生活しております。従って、一日のほとんどを病院で過ごす医師も珍しくありません。

僕は、現在は担当の患者さんがいません。しかし、担当の学生が大勢おります。樹に例えるならば、医学的知識は枝や葉に相当しますが、それよりも幹や根をしっかりと張るように、社会に送り出すのが、我々の使命だと考えて、日々指導しているつもりです。学生に教えているつもりが、自分が学んでいることも少なくありません。

     「医療者の使命」
      ~~~~~~~~~~~~~~~

       澤村豊(さわむら・ゆたか=北海道大学病院脳神経外科医)


               『致知』2010年3月号「致知随想」


午前六時──。

まだ薄暗い北大病院の研究室でパソコンを立ち上げると、
何十通という私宛てのメールが届いている。
相談者の多くは、脳腫瘍を抱えた患者さんとそのご家族ら。

「この子を助ける手立てはないものでしょうか?」
「どうかよい知恵をお貸しください……」

切迫感に満ちた長文のメールに、
様々な配慮を巡らせた上で返事を出すと、
続けざまに、二度、三度とメールがくることがある。
時にはチャットのような状態となり、
私がパソコンの前にいる限り、何度もやりとりが交わされる。

送り主は患者さんだけではない。
全国にある脳外科や小児科の先生方からも、
見てほしいとの依頼があり、
メールに患者さんのMRI画像が
添付されてくることも珍しくない。

私はそれらのメールに対して、必ず返事を出す。
報酬は一切受け取らない。
土曜、日曜も一日の休みもなく、
朝も昼も夜も、時間の許す限り、
キーボードを叩いている。

小児がんの中でも、特に難しいとされる
小児脳腫瘍の手術は、うまくいかなかった場合、
命を落としたり、後遺症をつくってしまうことが多分にある。

家族にとっても精神的負担の大きい手術を受ける前に、
できれば他の医者の意見も聞いてみたいと思うのが
自然な感情だろう。
しかしどこに聞いてよいのやら分からない。

私が行っているのは、そうして困っている
患者さんたちのセカンドオピニオンで、
相談内容に応じて、地元の信頼できる病院を紹介したり、
知り合いの医師に対して紹介状を書く。

患者さんが負担する交通費や
術後のケアのことなども考えて、
私自身はめったなことでは手術を引き受けない。
受けるのは、どこの病院へ行っても手の施しようがない、
というケースに限ってである。


* *


私がそうした医療者としてのあり方を教わったのは、
スイス人医師のニコラ・ド・トリボレー先生である。
三十代の頃、留学先で二年間の薫陶を受けた。

先生は非常に有能な脳外科医であると同時に、
患者さんに対しても大変優しく、
学者としても研究熱心で、医者の鑑のような方だった。

そして私たちにいつも、


「手術を行う前に、本当にその手術が必要かどうか、
 本当に患者さんの体を切らなければならないかを
 まずよく考えなさい」


とおっしゃっていた。
その判断と見極めをするためには、
専門分野以外にも膨大な知識の蓄積が必要だし、
外科手術を学ぶことよりも、
はるかに長い時間の勉強量が求められる。

単に手術の仕方を覚えただけでは、
本物の脳外科医とは呼べない。
そのことを先生は、ご自身の身をもって示してくださっていた。


その後、脳外科医の福島孝徳先生にも
アメリカでお世話になり、献体を使う
臨床解剖の場を提供いただけたことで、
難しい手術にも取り組めるようになった。

そうやってこれまで様々な手術をこなしてきたが、
患者さんのことで覚えているのは、
自分の力及ばず助けられなかった方や、
辛い思いをさせてしまったそのご家族のことばかりで、
凄惨な記憶以外には何もない。


患者さんやご家族は、ここに来れば助かると信じて、
遠方から私を頼ってこられる。
しかし必ずしもよい結果を残せるとは限らない。
思いもせぬ事態に遭遇することもある。
 
そんな時、ご家族の姿を私は黙って見ることになる。
難しい手術だったのだから仕方がない、と、
なんとか自分を納得させることはできない。

しかし脳外科医は、その痛烈な経験を積み重ねながら、
六十歳を過ぎて引退する日まで、限りなく進歩を続けていく。
すると、数年前の手術を振り返ってみて、
あの時そうせず、こうやっていれば助けられていたのに、
という悔恨の念がいつまで経っても胸中を去らない。

もうこれ以上、悲惨な思いはしたくない。
誰かが他にやってくれればいい、と思うこともある。
しかし様々な経験を長く積めば、
その技術は誰でも非常に高いレベルにまで達してくる。

私がいま、難しい手術の依頼を引き受けるのは、
国がお金をかけ、患者さんが自分の体を張って
育ててくださった技術や経験を、
世の中に少しでも返していかなければならない
という気持ちがあるからだと思う。

だから、毎日寄せられる膨大な数のメールに、
私は自分の得た知識と経験を注ぎ込んで、
伝えるべき言葉を紡ぎ出している。

しかしながら、我々脳外科医の生命は非常に短い。
五十歳近くになって、ようやく手術の何たるかが
分かるようになってから引退まで、
わずか十年余りの月日しかない。

私の外科医生命もあと数年だが、
自分の周りには特に重症の患者さんたちが
集まってくるため、人の命の火が消えていくのを
いつものように見たり、聞いたりする。

そして、どんな人の人生も有限で、
残されている時間が非常に少ないことを痛感する。
だからこそ、自分にいまできることを精いっぱい、
淡々と行っていくしかない。

医師の積み上げられた経験と技術は
自分一人だけのものではなく、
国民にとっての大切な財産であるともいえる。
そのことを医療者はよく自覚し、
さらなる研鑽を積まなければならない。

三枚目の写真は、今大維志が通っている、ハワイの幼稚園です。

 
  • コメント(全21件)
  • 蘭丸子 
    8/1 14:02


    ながっ

  • *まぃ*(母が亡くなりしばらくお休みします) 
    8/1 14:09

    すごいですね。心打たれました たくさんの患者様に誠意を持って接しているのが伝わって来てTVで観る先生とのギャップに感動しました。
    大変な事も心苦しい事も多々あると思いますが、先生がいてくれるおかげで救われてる人もたくさんいるのです
    体壊さないようにこれからも頑張って下さい

    素敵な日記をありがとうございま

  • mamo 
    8/1 14:22

    先生が考えてる事って凄い

  • あい 
    8/1 14:39

    にゃは




  • なおたん☆やや放置気味☆ 
    8/1 14:51

    医療従事者として考えさせられま

    深いですね…
  • お蜜柑。 
    8/1 15:42

    簡単に
    聞くより、まず自分で調べる努力もしてほしいと思いますね。どこかいい病院紹介して〜 とか、 自分で探せって感じ


  • MARIA 
    8/1 15:58

    とても大切なお仕事なんですね
    私は何も出来ないですけど
    いっぱい励まして下さい


    お疲れ様です

  • 三毛猫 
    8/1 15:58

    医は仁術 ですよね
  • 。゚*ほしのゆめ*。゜ 
    8/1 16:14


    自分の関わっていたい仕事
    自分の力だけで成り立っているわけではないことを痛感させられます …
    医療ではとくに際立ってみえるのかもしれないけど
    それはほかの仕事に於いてもおなじ …


    自分の仕事を
    成り立たせて頂いてることに感謝
    それを還元していく
    実行していくことは言葉でいうほど簡単なことではないけど
    気持ちにだけは刻んでいたいです … ◯


  • ちゃん★lucky☆ 
    8/1 16:19

    私の甥っ子は6年前、9才という年齢で、神経こう腫で亡くなりました。
    父親である、私の兄から電話で、病名を聞かされた時は、私はナースですから、「生きていられないんだ」と瞬時に思い愕然とすると、兄から「余命一年」と言われ、何も言ってあげる事が出来ませんでした

    小児がんの患者、脳腫瘍の患者は沢山看てきましたが、神経こう腫は教科書の中の話くらいに思っていましたが、まさか甥っ子がと認めたくなかったりもし、

    何とかならないか?田舎に住んでいたから関東に出てくれば最新の治療が受けられ、延命出来るのではないかと癌専門病院を探したり、でも地元を離れて誰も知らない土地で余計にストレスで衰えるんじゃないかと結局地元で負担のない治療をしつつ、アメリカにいる福島先生に最後の頼みの綱返事はないかもしれないけどとメールを出したけど、
    返ってきた文面は「手術は出来ない」と
    返事がきただけでも嬉しかったのと、もしかしたら福島先生なら部分切除してくれるかもとわずかな願いがあったから、福島先生が言うなら、本当に手術は出来ないんだと悟り、なるべく負担なく家族と過ごせる時間を大切にしました
    1年持たず、10ヶ月で亡くなりました。

    澤村先生の存在は知りませんでしたので、当時存じ上げていれば、相談し、何とか延命出来なかったのかなと、この先生のブログを読んで、また悲しくなりました。
  • メープル 箱イベ感謝 暫くログインのみですm(_ _)m 
    8/1 16:36


    母が脳腫瘍になり手術し、3ヵ月間入院しました。

    (お陰様で手術は成功、現在ゆっくり回復中


    ドクター達の頑張りは肌身に感じました

    同時に看護師達の働きや質のバラつきに不安な毎日でした


    病院を潰れない会社程度に思い、働くのはやめて欲しいです




  • くろべえ 
    8/1 16:45

    私は医師になるつもりで勉強中なのでとても参考になりました。
  • ★まぅ(退会…)¢絆 
    8/1 17:42




    私は20歳の時に
    娘を亡くしました


    木下先生のような
    お医者さまの神様みたいな
    考え方の人が
    どれくらい居らっしゃるの
    分かりません
    当時、担当した医師には
    『助けてあげたい』
    とゆう気持ち
    一切見られず
    どうせ死ぬのだから…と
    ゆう対応で
    愕然としまし


    ナース
    同じ態度でした。


    たくさんの患者を
    相手にするの
    その都
    感情移入するわけに
    いかないのも
    理解出来ます
    …ホントに
    辛い対応をされまし



    木下先生のような
    お医者さまが
    増えるコトを
    心から願います。
  • バサラ 
    8/1 19:14

    ドクターは皆さん、基盤にはそのような思いやりをもっていらっしゃると思いますが、実際はそうは感じられない方もいらっしゃいますね。

    無表情で、こちらが聞かない限りは説明もない。こういうと申し訳ないがただ薬を出すだけ。 私は薬を出すのが仕事ですからとはっきり言われた方もいました。 やはりドクターは表情を出してはいけないというマニュアルがあるのでしょうか。 もちろん不安な表情等は良くないでしょうが、笑顔は使っても良い気がしますが。

    でも色々読んだりすると、そうならざるをえない状況もあるようですね。

    病院も経営があるので、患者さんを何人さばけるかが勝負なような
    その中でも安全を意識しなければリスクが大きい。
    医療従事者はかなりハードだと。
    国の医療制度を変えていかないと、病院も変われないと書いてありました

    難しいですね
  • ともちゃん(今までお世話になりました。ありがとうございました) 
    8/1 20:44

    父親の入院している日○病院のドクハラ院長にも読ませてやりたいです。が聞きたいのさ?80まで生きられるかどうかかい? いつ死ぬかかい(笑) こんな事を平気でのたまうクズです。外面だけはいいんですけどね
  • 尊徳(敬天愛人) 
    8/1 21:16

    先生の「学生に教えているつもりか、自分が学んでいる…」という行に同感です


    最近、つくづく教えることは教わることだなぁ
    感じます。

    そして、知識やノウハウといった末学は言葉で教えれますが、徳や誠といった本学を教えるには生き方を示すしないんですよね


    これからも周りに良い影響を与え続ける先生であって下さい


    応援してます

  • ^ ^ 
    8/1 23:03

    難しいですね

    永遠の課題でしょうか?
  • ひーちゃん 
    8/2 06:24

    たいしくんは、愛情いっぱいの優しいパパとママのもとに生まれて幸せですね。

    成長が楽しみですね
  • はばたん 
    8/2 08:58

    先生、毎日、暑いけど熱中症にならないよう気をつけてね

  • のんこ 
    8/2 10:12

    医者と言うのは本当に勉強をして命をかけて毎日の医療に向かい合っているんですね私共患者として頭が下がる思いです
  • 42 
    8/2 19:09

    命ある限り最後の日まで精一杯生きねば!ですね。

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