致知、随想より

皆さんは、友人が何人いらっしゃいますか?
友人がたくさんいる方は、うらやましいです。

「馬関の集い」

 岡本節治(元住友銀行勤務)


 
「Sの慰問を兼ね、フグでもつつきながら語り合わないか」

銀行の役員を退き経営コンサルタントをしている
Nから誘いがかかったのは昨年九月だった。

われわれは山陰の水郷松江で
旧制の高校生活を共にした仲である。

Sは銀行勤めののち大学の法学部教授に転じ、
五年ほど前に富山から山口に移っている。

一時消息が途絶えてどうしたのかと思っていたら、
一昨年ひょっこり便りが届き、
二年続けて大手術をしたが
すっかり健康になったとのことだった。

その快気祝いを兼ねて旧交を温めようというのが
Nの提案である。

私に否のあろうはずがない。

思いつく旧友に声をかけ、NはNで呼びかけをし、
東京から、大阪から、広島から、計七人のかつての
淞高生(旧制松江高等学校生のこと)が
Sの住む下関(馬関)に集ったのは、
昨年十一月も末近くであった。

Sは大病した気配など感じさせない元気さで
われわれを迎えてくれた。


      * *


Sが予約していた料亭が集いの場になった。

鬼籍に入った友をしのび、互いの近況を報告し合い、
思い出話にふけるころには本場のフグを肴にした鰭酒が
ほどよく回り、最近の世情に悲憤慷慨する友の姿に、
弊衣破帽で人生を論じ合った
紅顔のむかしが鮮やかに甦ってきた。

やがて宴は終わりに近づいた。


「みんな、ちょっと聞いてくれ」


Nが改まったように言い、ゆっくりと語り出した。


「Sの元気な姿を見るにつけ、
いまさらのようにSとの出会いが思い出される。
自分が今日あるのは、Sとの出会いがあればこそなのだ」


Nは同級生ではあるが、
われわれよりは五歳ほど年上である。

戦争のせいである。


Nは旧満州在学中に徴兵され、敗戦によって
モンゴルに抑留された。
辛酸を嘗めたが、九死に一生を得て帰国。
母と二人の生活は、赤十字病院の売店で働き
どうにか飢えをしのぐ苦しいものだった。

しかし、日が経つにつれ、もう一度学校に行って学び直したい、
という思いが強まってきた。

調べてみると旧制高校への編入試験があり、
Nにも受験資格があることがわかった。

もっともNには五年余りのブランクがあり、
しかも勉強しようにも手元には
一冊の教科書も参考書もなく、
新たに購入する余裕もない。

だが、Nはどうしても進学を
諦めることができなかった。

ある日、病院の売店の前を一人の淞高生が通りかかった。
Nは思わず呼び止め、自分の悩みを打ち明けてしまった。


「わかりました。明日まで待ってください」


淞高生はそう言って去った。

Nは後悔した。

見ず知らずの瀬高生に打ち明けたとて
どうなるものでもない。


ところが次の日、その淞高生は本を何冊も抱えて現れたのだ。


「天にものぼる気持ちだった。
 おかげで編入試験に合格し、
 その淞高生と同級になることができた。
 それがSだったのだ」


初めて聞く話だった。


「学業と仕事の両立には苦労したが、
 その後もSにはいろいろ助けられた。感謝のほかはない」
 
 
目を潤ませて頭を下げるN。
いやいや、と手を振るS。

Nはこの話をしたくて集まりを呼びかけたのだな、と思った。
その気持ちが痛いようにわかった。

Sは侠気に富んだ男である。

そのSに出会えたのは、Nの求める心が強かったからだ、

天が道を開いてくれたのだ、と一同は話し合った。

そんなわれわれの胸に等しく浮かんでいたのは、
若き日に歌った寮歌の一節だった。

「暫(しば)しこの世に宿りせば
 奇しき三筋に結ばれて
 共に起き臥す君と我」


歌詞にある「三筋」とは淞高生の学帽を飾る
三本の白線のことである。

Nはさらに言葉を継いだ。


「Sだけではない。先生方にもお世話になったのだ」


Nは授業料を納めていなかった。
生活が苦しくて納められなかったのである。

卒業間近になって、学校から呼び出しがきた。

授業料が未納では卒業できない、
どうするか、という生徒主事の先生の問いである。

だが、どうすることもできない。

Nはそのように答えた。

生徒主事の先生は溜め息を一つついて、


「そうかね」


と言っただけだった。

われわれは旧制高校最後の卒業生である。
学制改革で淞高は廃校の運命にあった。

留年しようにも学校がなくなるのだ。
Nは中退でも仕方がないと諦めた。

ところが、卒業式のあとで卒業証書が送られてきたのだ。
Nは驚いて、生徒主事の先生や担任の先生に聞いて回った。


「どうしてかわからないが、学校がきみの卒業を
 認めたことは間違いない。
 だから、憚(はばか)ることなく受け取ればよろしい」


先生方の答えは同じだった。


「真相はわからずじまいだったが、
 先生方が代わりに授業料を払ってくださったことは
 容易に想像がつく。
 
 敗戦直後のあの時代だ。
 先生方も決して生活が楽でなかったことは
 みんなも知っているだろう。
 
 にもかかわらず、そこまでしていただいた。
 このご恩は忘れられるものではない」


Nが言葉を切ると、沈黙がきた。
それは感動が熱く渦巻く宝石のような沈黙だった。

あの馬関の集いは、いまも私の胸を離れない。


Nを助けたSの侠気。

そのSへの感謝を忘れないN。

そして、Nをさりげなく助けた恩師たち。


そんな美しい人間の結びつきのそばで
過ごせた青春の日々は、私にとっても
この上なく貴重で幸せな日々だったのだ、
と思わずにはいられない。

そして、こんな素晴らしい人びとと
同じ空気を自分も吸ってきたのだと思うと、
古希を迎えたこの体に、
瑞々しい感性が甦ってくるような気がするのである。

 
  • コメント(全29件)
  • 【要請○】BOX★紅髭★FOX 
    7/10 13:42

    そんな素敵な友が自分にいるだろうか、と考えると…
  • タッチ 
    7/10 13:49

    優しく出来る事って深いですね
    も そんな人になれたらと思いま

  • OBI《男装中〜☆》釣りチケァΔ仲間に感謝 
    7/10 13:51

    この話と少し似た経験をした親友の話を思い出しまし

    バブル絶頂期に親友の親御さんが親戚に騙され大きな借金を抱え当時大学4年生だった親友は学費を納めることができなくなり中退しなければいけないと先生に伝えたところ先生が学費を立て替えてくれ無事卒業できたそうです
    卒業後、自ら働いた給料で返済をさせていただき、今は2児の母として旦那様を支えながら頑張っています

  • OBI《男装中〜☆》釣りチケァΔ仲間に感謝 
    7/10 13:55

    亡くなった父が「友達は何にも代え難い宝」と言っていまし


  • 火影§日本を取り戻す! 
    7/10 14:03


    こんにちは(*゚ー゚)v

    私は子供も四人いますのでママ友が多く、地元に居ますので小・中・高の同級生も多く、客商売をしていましたので思いの外知り合いが多く…。

    でも、全て話せられる友達は一人だけです。

    地元の同級生と旅行に行ったり食事に行ったりしていますが、親友はただ一人…

    その方は、重度の障害児が居て、自営なので、とても忙しく、十年前に二人でディズニーランドに旅行したくらいで、滅多にゆっくり話しも出来ませんが、信頼というものは不思議で、一年会わなくても大親友なのです。

    毎日毎日連れ立って買い物に行ったりお茶したりしなくても、一番信頼出来る他人。

    友達の数より、そういう友達が一人でもいれば幸せです〜o(^-^)o


  • なお 
    7/10 14:05


    Nさんを支えられた皆さん
    美しい心に打たれると共に

    Nさんの情熱が凄かったんだろうなぁと思います。
    情熱というか気迫。
    多分イケイケ(古
    )のオーラでな
    醸しだされる静かな強い気持ちと行動。

    ○○になりたい。△△したい。欲しい。
    いろいろな希望や夢を口にするけ
    それに見合った行動をしてるのか
    自分では疑問


    強く思い、行動する
    Nさん
    強く勉強したいと思い、誰よりも勉強されたんですね
    誰かよりよい成績をとるためでな
    ただひたすらに自分が勉強したかった。

    勉強は、自分がここまでだと思ったら
    それで終了してしまうんですよね
    勉強しておけば、よかった

  • 42 
    7/10 14:15

    沢山はいないけれど、親友います
    大切にしてるつもりです。
  • マーチン 
    7/10 14:20

    私の両親とほぼ同世代の方々のお話ですわ。

    戦争という、 自分や家族や親しい人達が死と隣り合わせにある,そして明日が見えない,そんな時代の中で、
    だからこそ、培われたのであろう,真っ直ぐで真摯な生き方

    現代の私達には、逆立ちしても真似できない 輝くような純粋さ。

    私は、幼い頃から祖父母や両親から折にふれて聞いた話と
    小学生〜中学生の頃に読んだ物語や,文化祭でクラスで演じた戯曲等で、

    擬似体験をしたかのように、戦時中の“人の誠”が身に染み付いています



    木下先生、
    この記事を紹介して下さったことに、深く感謝します



    日本はどうなってしまうのだろう…という危機感を持つ人さえ少ないこんな時代だからこそ、若い世代の人達にも、絶対に語り継ぐべきことだと,痛切に思います。


  • まゆまゆ★皆様に感謝(^^) 
    7/10 14:36

    とても 感動して泣いちゃいまし

    友達に出会えた事に感謝する気持ちは 忘れてはいけないなと思いました。
  • ☆みか☆∞ありがとう∞ 
    7/10 14:57



    感動しました


    困った時、助けてくれる友達を
    当たり前と思うのではなく
    感謝の心を忘れてはいけませんね


    友達は沢山いますが
    真の親友は一人だけです

    それで充分だと思ってます



    達は…大切に



  • GREE(。・_・。)アキタ♪ 
    7/10 15:01

    友達は財産

  • れい♪\(//∇//)\ 
    7/10 15:19

    人に悪いことすれば、倍になり自分に帰ってく


    人に感謝されることをすればいい事が倍になって帰ってくる


    きっとNさんは、いいことをしてきたから恩返しがきたんだ


    わたしの回りでは
    自殺や競売、がんで亡くなる方が
    数年くらい前から増えてきてる…


    部下や社員、家族にかんしゃく回してた上司が
    45で、がんの末期で苦しんでる

    いじめっこだった同級生は
    結婚し、新築
    建てる
    借金で夜逃げ…競売


    嫁をいじめ抜いた姑
    年老いて痴呆になり、嫁と息子から殴る蹴るの暴行(青アザやたんこぶが絶えずついてた…
    )のあげく最近、死亡…

    小姑も同じく、小姑の兄の嫁と同居と同時に
    嫁の茶碗割ったり、嫁の服捨てたり、陰湿ないじめを繰り返す…
    まもな
    小姑は、ある会社の社長と結婚
    するも、旦那の家庭内暴力ひどく
    何度も家出、のちに旦那の会社は倒産、ヤミ金から借金してたため、やくざから追われ、東京まで逃亡したあと家族一家行方不明…


    悪いことしてると、こうやって負の連鎖、もしくは、因果応報となって帰ってくるんですね



  • ありがとうございました。ちゅー太辞めます 
    7/10 16:10

    良い話しありがとうございます
    に刻みます
    い経験は、無駄じゃ無いですね

  • 未来 
    7/10 16:50

    キノピー
    いい話でした

    人が良い人は周囲からも愛される
    人間独りでは生きてけない
    感謝

  • (^∀^)ノ 
    7/10 17:50

    友人はえっと



    十人くらいは(^_^)v
  • うーσぐだぐだめんどくせーっ(´д`|||) 
    7/10 19:20

    学びたいと欲する心に惹かれて友の、先生方の心が形となって動いたのですね




  • yama 
    7/10 21:04

    忘れられない良いお話、ありがとうございます

  • まりも 
    7/10 22:21

    厳しい時代には、人は宝石のように輝くんです
    今の豊かな時代には、貴重すぎる人達ですね
  • ζMisaeζ 度々、留守しますm(__)m 
    7/10 22:31


    現代には少なくなってる慈


    涙が出


    お人よしと言われても見逃せない事ってあっていいよ

  • 花 最近お疲れ気味なの(>_<)m(_ _)m 
    7/11 00:01

    いい話

    先生は、本が好きなんです


    本を読んでるようでした。


    素晴らしい仲間と恩師に乾

  • 矢沢永吉 
    7/11 01:04

    山本五十六さん、修行。


  • §ちびちゃん§ 
    7/11 02:42

    素晴らしいお話です


    心に響きまし


    このお話の後に自分に親友が居るのかと問いただしたら、何だかとても不安になります


    お友達が困ってる時にどれだけ力になれるのか

    力になって貰える事を考えれる友人はいません


    これからそうなれると良いなぁって思いました

  • 《ホッと一息》 
    7/11 11:31

    感動しましたm(__)m

    ありがとうございました

  • リュ−ク 
    7/11 13:34

    いい話ですね


    私も友達に連絡したい気分になりました

  • よし 
    7/11 23:07

    先生、いつも素敵な話をありがとうございます

    最近の小・中学校の卒業式では「仰げば尊し」を歌わないそうですね。

    歌詞の中に
    「仰げば尊しわが師の恩」とありますが、これを歌わせないのか、歌わせれないのか、どちらなんでしょうね?



    僕にはこれまでお世話になった先生が二人います。

    今でも本当に感謝をしていて、定期的に手紙のやり取りをさせて頂いていますが、木下先生を三人目にさせて下さ


    これからも、たくさんの気づきをお願いします

  • 矢沢永吉 
    7/11 23:20

    あなたは、何人いる


    医者で金持ち、&嫁の知名度、うまくやったね

  • 芋奉行 地震雷火事コロナ((゚□゚;)) 
    7/12 00:25


    友って

    いいものですよね



  • サスケ 
    7/12 03:18

    感動しました。いい話ですね。友情っていいな
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