3月で定年退職をした母に、致知をプレゼントしました。今まで一番感謝していると言ってくれました。

母の日にも、母と叔母に、カーネーションと致知出版の本を送りました。


「すべて私にお任せください

    加藤健二
    (元キャピトル東急ホテル エグゼクティブコンシェルジェ)

      『致知』2007年9月号「致知随想」

十五年ほど前、あるテレビ番組に出演した時のことです。

「お客様の顔と名前をどれだけ覚えているか?」
と問われたホテルマンの私は
「一万人は覚えていますよ」と答え、
実際にそれ以上の数を諳んじることができました。

こんな話をすると、私が優れた記憶力を持っていると
思われるかもしれませんが、決してそうではありません。

私が勤めていたのは、昨年末に閉館した
東京・永田町のキャピトル東急です。
ホテルの前身は東京ヒルトンに当たり、
昭和三十八年の開業より二年後に部屋を掃除する
ハウスボーイとして入社しました。

配属から二日目、フロントから
「752のお客様がランジェリーの洗濯をお願いされている」
と連絡を受けた私は、まずその方のお名前を
確認した上で部屋へ向かいました。

ドアをノックし、普通なら
「グッドモーニング」と言って中へ入ります。
しかし名前を覚えていた私は
「グッドモーニング・ミスターホーマン」と声をかけました。

驚いたのはホーマンです。
彼はとても感激した素振りを見せ、
「ワット・イズ・ユア・ネーム?」と言いながら、
さっと右手を差し出してきました。

一日に数百回お客様と握手を交わし、
のちに私が「ミスター・シェイクハンド」と
呼ばれることになる、これが始まりでした。


翌日、担当の七階フロアへ向かい、
さらに驚いたことがありました。
従業員用エレベータから降りた瞬間、
そこにホーマンが立っていて

「グッドモーニング・ケンジ!」

と声をかけてくれたのです。

以来、彼は来日の際、どんな用でもホテルにではなく、
私宛てに連絡をくれ、四十年来のお客様となりました。

私はボーイだった頃から、お客様の名前を覚え、
必ず名前を呼びかけることを徹底していました。
覚えるためには何か特徴を掴まなければなりません。

その一つが握手です。

感謝の心を込め、差し出す手を通して
「どうぞ私に何でもご相談ください」
という気持ちをお伝えするのです。

また私は、毎朝、勤務開始の一時間以上前に出社して
こんなことをしていました。

コンピューターで打ち出されたVIPリストの裏に、
二百名余りいるお客様のお名前やお部屋番号、
勤務先、愛車などのメモを、直接手書きで記していくのです。

リストをただ眺めているだけでは頭に入ってきません。
自分の手で実際に書き出していくことで、
確かな情報がインプットされていくのです。

一通りの作業を終えるには、一時間では済みません。
毎朝午前三時半に起床して、四時四十三分に家を出る。
五時三分の始発電車に乗って五時五十分に出社。
まだ真っ暗な事務所の明かりをつけ、
席に着くなりコンピュータを叩き始めます。

お客様をお見送りした後でスタッフは朝食をとりますが、
私はその時間をお客様のために使います。
何か御用はないか、快適に過ごされているかどうか、
ロビー内をくるくると回り一日に二万歩近くを歩いていました。

私はお客様の要望に対して決して「ノー」とは言いません。

ある時、お客様から
「航空チケットを購入したが、急に予定が変更になった。
何とかならないか」と相談を受けました。
買われたチケットは変更が効かず、
普通であれば新たに購入をしなければなりません。

私はすぐに航空会社の知人に電話を入れて交渉し、
しっかり要望に応えることができました。
お客様は私のことを
「アー・ユー・ア・マジシャン?」と
驚きの表情で聞いてきました。

他にも
「きょう歌舞伎を見たいので、チケットを手に入れたい」
「京都へ行くからホテルと新幹線を予約してほしい」
といった要望があります。

お客様からの相談があれば
「すべて私にお任せください」と即答します。

「その日は休みなので代わりの者に……」
「旅行代理店をご案内します」
などとは絶対に言いません。

お客様のご依頼を厄介な仕事ではなく、
「自分を売り込むチャンス」だと考え、
無理をしてでも叶えようと努力するから、
お客様はこちらを信頼してくださるのです。

そのために私は特に、劇場の支配人や旅行代理店、
航空会社などといった知人とのお付き合いを大切にし、
無理を頼めるような関係を築いてきました。

昭和五十九年、東京ヒルトンは
キャピトル東急へと名称が変わり、
多くのお客様が他のヒルトンホテルへと流れていきました。
そんな中、嬉しかったのは「加藤がいるなら」と、
キャピトルに残ってくださったお客様が
たくさんいらっしゃったことです。

フロント支配人を務めた頃、
本社では年中会議が行われていましたが、
私は「会議でビジネスなど生まれない」と主張し、
ロビーに立つことにこだわり続けました。

その根本にあったのは、
お客様にまたいらしていただきたい。
またお会いしたい、という一つの思いでした。

月に三日しか帰宅しないこともあった
過剰な仕事ぶりが災いしたのか、
私は三十代半ばで腎臓を病み、
四十歳で弟から臓器移植の手術を受けました。

退職後はこの体験を生かし、
同じ病に苦しむ人たちの助けになる
活動をしたいと考えていました。

昨年、四十二年にわたる
ホテルマン生活に終止符を打ち、
現在は臓器移植ドナーの参加を呼びかけるため、
全国を奔走しているところです。

患者の皆さんを何としてでも助けたい
──それがいまの私を突き動かす力です。

 
  • コメント(全24件)
  • ゚・*みゅ*・゚GREE友の皆様(..)サヨナラ 
    5/15 14:31

    私もその本
    んでみるつもりです
  • 火影§日本を取り戻す! 
    5/15 14:32


    素敵な逸話ですね。

    いつも心洗われるお話の紹介、ありがとうございます


    来月二人めの子が誕生する、身重の娘とその夫に、3月2日から三日間、ディズニーリゾートに連れていってもらいました。

    『母の日&父の日プレゼントの代わりだよ。今年はもうプレゼントはあげないよ。』と言われていたのですが、母の日にはその娘婿から、綺麗な花の寄せ植えが届きました。


    木下先生も、うちの娘婿と同じくらい優しいメンズですね。

    o(^-^)o


  • ふにゃんふにゃん 
    5/15 14:36

    素敵なお話しありがとぅございま

    木下先生やジャガーさんにもそういった部分がありそうです

    私も人と接する仕事だけをしてきたので、また仕事をはじめたら参考にさせていただきますm(_ _)m

  • ちこ@パニャニャンダー 
    5/15 14:42

    素晴らしいお話をありがとうございます
    信念を持って仕事に望んでいる人はやはり違いますね
    職種は違っても見習うべきところがあるように思いました。

  • 黒ちやん 
    5/15 15:02

    うーん素晴らしいお話です
    私もいま震災の影響でホテル仕事お休みですが
    ロビーにたち続ける支配人素晴らしいですね
    本当にホテルはお客様からいただいたお金からお給料いただくんですもね
    なんかうなずけます
  • ヒムロック☆YUIあでゅらー兼フラバー 
    5/15 15:12

    幾つになっても、本を読むのは素晴らしいです

  • きくどん 
    5/15 16:24

    確かに名前を覚えてくれるって、うれしい事ですよね


    私も数年前に旅行に行ったとき、子どもを連れて廊下を歩いていたら、ホテルの方から、名前を言って話しかけられたとき、とても 嬉しかった事今でも覚えています

  • あっちゃん 
    5/15 16:47


    何か すごいですね

  • ピノキヨ*余裕ナシ子* 
    5/15 16:58

    その心意気、素晴らしいとは思いますが私は賛同できません

    というか、今のこのご時世では無理ですしね(VIPリストをPOして勤務先や愛車云々…は個人情報の問題がある)

    よくそんなワークスタイルで過労死しなかったな…とも思います


    一万人の客の名前を覚えるなんてホテルマンの鏡とも言えると思いますが、そのためにどれほどご自身を犠牲にされてきたのでしょうか…

    時間、体力、ホテルマンではない自分自身らしさ…

    こんなに働いて家族もさぞ心配したことでしょ

    いゃ、むしろあいそをつかしたかもしれませんね。

    家庭をお持ちであればその家族をも犠牲にし、お仕事に打ち込んでいたのでしょう。


    ホテルマンの鏡であったとしても私は決して尊敬はできません。


    木下先生もお忙しいでしょう。ですが、医者である自分、教授である自分、タレントである自分の前

    父親・夫である自分

    を忘れずにご自愛下さい。

    近頃の木下先生の日記は致知?(なんと読むかもイマイチ分かりませんが
    からの抜粋ばかりですね


    医者としての木下先生の日記を久しぶりに拝読したいもので


    偉そうな長文失礼しました
  • なな 
    5/15 17:05


    さすが伝説のホテルマンですね



    読みながら…
    お客の単なるわがままや、常識はずれの要望も『VIP』だからといって許されるのか。
    コネを使って応えたのか。なんて

    何となく嫌な気持ちにもなりました。

    せっかく載せて頂いたのにすみません



  • よし 
    5/15 17:09

    木下先生、お母様に「致知」を贈られたんです


    いいですね


    僕も今までに祖父と3人の部下に「致知」を贈っています


    僕自身も尊敬する方から贈っていただいたので、出来る限りその輪を広げようと思っています


    「致知」が日本で1番読まれている月刊
    になれば、きっと日本は今以上に素晴らしい国になるでしょうね




    先生のブログは、その一任を担っていると思いますよ

  • Aqua Timez 
    5/15 18:11

    この前はコメントありがとうございます
    のコメントはこれからも大切にしていきます 本当にコメントが来るとは思ってもみませんでした
    当にありがとうございます

    一か月前に!

  • ローズ 
    5/15 18:12

    先生の日記を読んでるつもりが お母様に贈られた本を自分が読んでる気にしなり 入り込んでまし

    ホテルマンとしてより 人としてもステキな方です

    自分自身も 他人に心地好くなってもらえる人間になりたいです


    先生の笑顔は 癒されます

  • さくらこ イベゆったりペース 
    5/15 18:23

    正にプロの技ですね
    感服します。

    お母様ご苦労様でした。
    これから新たな人生のスタートですね。

    楽しんで欲しいです

  • ☆ハミチャンママ☆Mariaグレース 
    5/15 18:24

    ながい
    よむのちかれ

  • thank you forever 
    5/15 20:46

    お客さまを第一に考えていらしたのですね。
  • まる(みんなのところにいくんだよ) 
    5/15 22:00

    私も、接客業(子供服)をしていた時はお客様の名前服の好みなど、覚えるよにしてました

    それによってリピーターに繋がり、お客様との接客もスムーズになり会話も弾みました


    腎臓…
    月6日から透析導入で入院
    曜日からは新しい
    の透析生活になりま
    不安でいっぱいで

    上手な針刺しの先生でも難しいと言われ
    どうしたらよいか不安です

  • ピロー(ゲームのイベ誘わないで) 
    5/15 23:36

    加藤さんの考え方は立派だとは思

    でも、加藤さんが、もし上司ならついていけな

    時にはノーと言うことも必要だと思う。
  • §ちびちゃん§ 
    5/15 23:53

    よくお名前を覚えて下さる方々がいらっしゃり、そのような方々はお名前を覚えるのが得意なのだと思っておりましたが、影にはそのような努力があったのです


    確かにお名前や好み等覚えていて頂けてたら同じ利用するならそこでと思いますよね



    素晴らしいお話をありがとうございまし


    これからは感謝の気持ちを深く持ちたいと思いました

  • 42 
    5/16 00:04

    凄いですね…
    あっさりと語っていらしゃいますが、簡単に出来る事ではないですね。

    先生のお母様、長い間お勤めお疲れ様でした

  • ラッキー・釣りゲームのみ参加・(__) 
    5/16 02:04

    最高の営業方法です。家族の人が応援していれば,なお最高です♪仕事が本当に好きなんですね。
  • はいじ 
    5/16 19:14

    木下先生の お話 いつも 読ませて頂いてます すごく ためになる話しで賢くなれそうです。今後も楽しみにしております。
  • 気持ちは林檎色の恋愛模様? 
    5/17 05:14

    たくさんの人と出会いますがなかなか、お名前を覚えるのは難しいです。

    受付の仕事を以前、していました

    「」様ですね、「お待ちしておりました。」

    の一言で、お客様の信頼感が得られた時が何回かありました

    言葉遣いと、立ち居振る舞いが大切な気がします。
  • (株)夢★ 
    5/17 09:02

    名前を呼ぶことで 人との距離は
    ぐぐっと 近くなりますよね〜

    仲良くしたい人がいたら 名前を付けて挨拶したりすると 効果ありそうですね

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