愛読書『致知』2005年8月号より、親の気持ちとして心に沁みた随想を紹介させていただきます。

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「神様がくれたさつまいも」
      
海老名香葉子(えびな・かよこ=エッセイスト)


 昭和二十年三月十日、東京が米軍による大空襲に遭い、
 たった二時間のうちに十万人が亡くなりました。
 
 早いものであれから六十年。
 当時十一歳だった私も七十歳になり、
 これ以上齢を重ねては、戦火の恐ろしさと
 平和の大切さを後世に伝えることができなくなる。
 
 私は戦火を逃れるため、昭和十九年に
 静岡県沼津市のおばの家に一人で縁故疎開しました。
 
 出発当日、私は大好きなおばさんの家に行けると
 わくわくしていましたが、母は涙をぼろぼろこぼしながら、
 お守りを首からかけてくれると、
 
 
 「かよちゃんは明るくて元気で強い子だから大丈夫よ」
 
 
 と何度も、何度も言うのです。

 母があまりにも悲しい顔をしているので、
 だんだんと心細くなってきました。
 
 
 「母ちゃん、友達ができなかったらどうしよう」
 
 
 と呟くと、母は私の心細さを取り払ってくれるかのように、
 
 
 「大丈夫よ。あなたは人に好かれるから大丈夫よ。
  明るくて元気で強い子だから大丈夫よ」
 
  
 と何度も何度も繰り返しました。


 それが最後の言葉となりました。


 空襲後、生き残ったのは疎開していた私と、
 すぐ上の兄・喜三郎だけでした。
 兄は家族五人が亡くなったことを伝えるため
 沼津までやってきましたが、
 きっと焼け爛れた死体の山をまたいで、
 汽車にぶら下がるようにして東京からきてくれたのでしょう。
 
 その夜、私は兄にしがみ付きながら、いつまでも泣いていました。

 戦中戦後の動乱で誰もが生きていくのに精一杯の時代、
 二人もおばに世話になるのは悪いと、
 兄はあてもなく東京へ戻り、
 私は引き続き沼津のおばの家に残りました。
 
 そのあとは東京・中野のおばのもとへ身を寄せました。

 どうにか置いてもらおうと一所懸命お手伝いをしましたが、
 ある冬の日、瓶に水を張っていないという理由で、
 おばにものすごく叱られました。
 
 それまでは
 「いい子でいなくちゃ、好かれる子でいなくちゃ」と
 思っていましたが、その日はひどく悲しくなって
 家を飛び出しました。

 向かったのは、昔家族で住んでいた本所の家の焼け跡でした。
 焼け残った石段に腰を下ろし、ヒラヒラと雪が舞い散る中、
 目を閉じると家族の皆と過ごした平和な日々が蘇ってきました。


「どうしてみんな私を一人にしたの? 
 もうこのままでいいや……」


 その時、一人の復員兵が通りかかりました。
 私の前で立ち止まり、鞄の中から一本のさつまいもを
 取り出したかと思うと、半分に割って差し出しました。


「姉ちゃん、これ食べな。頑張らなくちゃダメだよ!」


 物が食べられない時代、見ず知らずの人が食糧を
 分けてくれることなど考えられないことです。
 私は夢中になって頬張りましたが、
 ふとお礼を言うのを忘れたと気づき、振り返りましたが、
 もうそこには誰もいませんでした。  

いまにして思うと、あれは神様だったのかもしれません。
 神は私に「生きよ」と告げたのだと思っています。

 さつまいもを食べて元気になった私は、
 走っておばの家に戻りましたが、
 しばらくするとその家にもいられなくなりました。
 伝手で転々とする中で、つらいことはたくさんありました。

 でも拗ねたり、挫けたり、横道に逸れるようなことは
 しませんでした。
 
 それは両親に愛された記憶があるからです。
 
 悪さをしたら父ちゃんが悲しむ、こんなことで泣いたら、
 別れ際に「かよちゃんは強い子よ」と言ってくれた
 母ちゃんが悲しむ。
 
 それが生きる支えとなり、いつも笑顔で生きてきました。

 平和な時代に生きるいまの人たちには、
 子どもをいっぱいいっぱい愛してやってほしいと思います。
 親に心底愛された子どもは、
 苦境に遭っても絶対に乗り越えていけます。
 
 そしてもう二度と戦争によって
 私のような悲しい思いを、
 地球上のすべての子どもたちにさせられません。
 
 それが戦後六十年の節目に願うことであり、
 私のすべての活動の原動力になっています。

 
  • コメント(全28件)
  • ☆イチコ☆ 
    4/25 09:21

    キノピーがアップしてくれたの読みました

    私は悲しくなりまし

    どんな時も拗ねたり挫けたり…で、『両親に愛されたこと〜』大切デスよ


    私は親の気持ちが分かりません
    までいじめた親の気持ちが分からないから悲しくなりました


    親が子に愛を伝えることは大切だと思います

    それが育ての親であろうと愛された人は幸せだ


    話それましたが、天災から沢山の被害者が出てる今、真っ直ぐ頑張って生きてほしいで

  • けぇたん 
    4/25 09:22

    電車の中で読んでいるのに、涙が出て困ってしまいました

  • Index-Librorum-Prohibitorum 
    4/25 09:24

    毎日を大切に生きないとダメです
  • みきママ 
    4/25 09:39

    初めてコメします。
    おはようございます

    朝から泪が込み上げました、私も3児の母…こんなに強く子供達に大きい愛で包んであげてる

    私は両親から愛されて育ったと自負と共に感謝してま

    自分の子供達が親になった時に私と同じ気持ちになってくれたら良いなぁ
    思いま

    キノッピーさ
    お互いに健康で笑顔で居られる様に少し…少しだけ頑張って行きましょう

  • ちこ@パニャニャンダー 
    4/25 09:41

    私はまだ親という立場になっていないので、周囲の人を愛したいと思います。
    大切な話をありがとうございます
  • よし 
    4/25 09:52

    このような話を聞きます、自分の生き方が恥ずかしくなりま



    僕も祖父の深い愛によって育てられましたが、その祖父からの命のバトンをしっかりと引き継いでいるか、今日は仏前にて自省したいと思います。

    先生、ありがとうございま

  • さよなら 
    4/25 09:55

    涙がとまりません
  • 永羽  
    4/25 09:58

    先生 有り難う御座います
    自分の命 人の命を大切に考えて、生きていきます
  • ぺりぱとす☆))) 
    4/25 10:09

    おはようございます

    先生ご無沙汰しておりまし

  • きんた 
    4/25 10:50

    なるほどぉ〜

  • アキ★ゲームしません 
    4/25 10:58

    海老名さんの良いお話でし
    いつも微笑ましい日本のお母さんですよね。
    両親の愛が支えてくれているのですね。私も悲しいことがあっても生きていかなきゃと思えました。
  • みか☆LP☆ 
    4/25 11:01

    涙が出ました


    自分の子供を愛する事はとても大切な事

    子供は叱られるより誉められたいと思ってます
    められた事は一生心に残るはずで

    『叱るより誉めろ』とよく言われますが、子供を愛し誉めて育てたいとしみじみ思いました


    そうは思っていても日頃から子供に注意する事が多い
    うるさい母親と思われている事でしょうが非常識な事をする子供に注意する事も愛情あっての事だと思いま

  • ひーちゃん 
    4/25 11:11

    感涙しました
    素晴らしいお話ありがとうございます。
  • ゆう☆ろーずまりぃ 
    4/25 11:50

    涙が出ました
    いつも良いお話をありがとうございます

    東日本大震災に遭い、戦後の混乱てこんな感じだったのだろうかと思いました。
    津波から間一髪逃れたご年配の方は、戦争より怖かったとおっしゃいます

    絶望感と喪失感で一時は生きる気力を失いかけましたが、しっかり生きて子供達を今まで以上に愛そうと思いました。
    先生、ありがとうございます。
  • ミント(睡眠不足で疲れ気味) 
    4/25 11:55

    いいお話ですね。
    感動しました。有難うございました。
  • みっつ 
    4/25 11:55

    海老名さんのお話しは前にも伺ってましたがまた涙が出ました。
    いつもありがとうございます。
  • ゆずる 
    4/25 13:15

    笑顔で過ごせる日々を大切にしたいと改めて思いまし

  • ママちゃん(装具に慣れました!) 
    4/25 14:35

    子供達が戦争によって悲しい思いをしませんように…
    して地震と津波で悲しい思いをしませんようにとただただ…願うばかりで

  • みりん・る 
    4/25 16:59

    掲載ありがとうございます
  • ひろくんママ 
    4/25 20:09

    いつもいいお話をありがとうございます


    私は平和な時代に生まれ戦争の恐ろしさはテレビ
    祖父母に聞いた話しでしか知りませんが子供達がいつまでも元気で笑顔で生活していけるように二度と悲惨な戦争など起こしてはいけないと思っています
  • ましちゃん 
    4/25 21:03

    両親長崎出身です。うちの母方の叔母は74歳です。戦争中、怪我してた方の看病の手伝い行ってたそぅです。あまり昔話を嫌ってた子供の頃の私、今は心に刻みながら話をきくよぅになりました。戦争を忘れさられそぅになる今、心に残るエッセイを有難うございます。
  • はつ 
    4/25 22:03

    幸せな時代に
    生きていると
    実感します。




  • のんこ 
    4/25 22:07

    映画ホタルのひかりを見たとき私も茨城の母の郷に疎開してた自分を思い出し涙が出ます親は無事でしたが預けられてた時の叔母のいしめ 学童疎開すればよかったと思いました今でも思い出したくありません 経験しないひとは幸せです
  • ゆっこ 
    4/25 23:12

    いつ何が起こるか分からない今日この頃
    子どもたちを守れるのは親
    とにかく一瞬一瞬を大切に、沢山の愛を注ぎたいと思っています。
    心に染み入るお話、ありがとうございました。
  • まるこ 
    4/25 23:39

    戦争はいかなる理由があろうとも絶対に反対です。人間が人間を殺す、すさまじき悪の行為です。先人の方々より学ばなければ!生命を脅かしてはなりません!
  • はち#順調に回復中 
    4/26 01:36

    生きて行くのも、死んでしまうのもどちらも大変という気がします。

    海老名 香代子さ
    大変でしたね。よく、頑張ってこられた方なんだと初めて知りました。

    ありがとうございました
  • みきぼん 
    4/26 03:26

    涙が出ました。海老名さんの両親が幼い子を残して先立つのは、どんなに無念だったのでしょう。
    家族を亡くし、1人親戚の家で過ごすのは、大変な苦労だったのでしょう
    いいお話、ありがとうございまし

  • §ちびちゃん§ 
    4/28 01:06

    素晴らしいお話をありがとうございまし


    私は高齢出産だった為に常々娘の為に長生きしなくて
    って思ってますのでこのお話は本当に心に染みました


    平和で安心な現代に生まれて良かったと感謝してましたが、原発事故から現代の私達も死と隣り合わせなのだと思うようになり、日々恐怖にかられてますが、(怖がりなので
    )強く生きなきゃって思えました


    ありがとうございました

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