愛読書:致知より紹介させていただきます。2005年12月号「致知随想」

  • 木下博勝 公式ブログ/愛読書:致知より紹介させていただきます。2005年12月号「致知随想」 画像1
 ハンセン病に対する当時の誤った認識、医学者としてなんとも言えぬ思いにかられます。


 「神の愛に生かされて」
  


玉城シゲ(たましろ・しげ=元ハンセン病患者)

 
 私が郷土の沖縄から鹿児島の星塚敬愛園に
 一人でやって来たのは昭和十四年、
 太平洋戦争が勃発する二年前の話です。
 
 「あなたの病気はすぐに治る」という医師の言葉を信じ、
 親にも内緒で、ここを訪れたのです。


 三か月の療養生活という約束のはずが、
 まさか六十年以上になろうとは。
 そしてこの間、家族との連絡を絶たれ
 筆舌に尽くしがたい差別や虐待を味わうことになろうとは。

 八十六歳のいまなお、その一つひとつの出来事が
 鮮明に思い出されます。

 ハンセン病を発病したのは女学校に入学した
 十三歳の時でした。
 詳しい説明は何もないまま、親戚の説得で学校をやめ、
 自宅療養に入りました。
 
 幸い親戚に医者がいて、当時ではなかなか手に入らない
 高価な漢方薬を私のために処方してくれました。

 とても苦い薬でした。
 
 泣きながら朝昼晩、盃一杯ずつ飲みました。
 しかし、そのためか顔や首、手足にできた赤い斑紋が
 一年、二年と経つうちに、自然と消えていったのです。

 家族や親戚は皆、私の病気を治そうと懸命でした。
 
 「神経が麻痺する病気だからこの子に荒い仕事はやらすな」
 
 と炊事、洗濯は祖母や母が引き受け、
 幼い弟や妹の子守りをしたり
 学校に送り迎えしたりするのが私の日課でした。
 
 おかげで症状の再発もなく、
 いつしか七年の歳月が過ぎていました。
 いま思うと幸せな期間でした。


 二十歳になった年、開園したばかりの
 沖縄愛楽園の園長が家に検診に来て
 
 
 「あなたの病気は初期だから、
  しばらく療養所にいたら治りますよ」
 
 と言いました。当時の沖縄には、家や職場を追われ、
 浮浪者となるハンセン病患者が数多くいました。
 
 新聞にあった浮浪者収容という言葉が頭に浮かび、
 
 
 「病気は治っています。行く必要はありません」
 
 
 と強くはねのけました。

 しばらくすると、今度は鹿児島の星塚敬愛園の園長から
 転地治療を勧める極秘の手紙が二通届きました。
 
 パンフレットを添えて

 「花嫁修業もできる素晴らしいところですよ。
  三か月もすれば帰れます」
  
 とありました。

 「二度もこんな手紙をもらうことは余程いいところなのだろう」

 と軽い気持ちで、誰にも相談せず船で園に来ました。
 これが悪夢のスタートだと知らずに。

 気づいた時は手遅れでした。
 消毒液の風呂に入るよう命令され、
 粗末な着物に着替えさせられました。
 
 帯の間に隠していたお金は没収され、
 十二畳半の部屋が連なる長屋に連れて行かれました。
 この一室で同年齢の女性八人と生活を共にするのです。


 翌日、事務所に呼び出された私は
 「一か月のお小遣いです」と二円五十銭を渡されました。
 見るとブリキの貨幣でした。
 
 続いて渡された書類に目を通しながら、
 目の前が真っ暗になりました。
 
 心得と称し
 「規則に反した者は監禁室に入る」
 「死亡したら解剖し火葬してもよい」
 などと書かれてあるではありませんか。
 
 何かの間違いに違いありません。
 園長の紹介による旨を伝え
 「私は死にに来たのではない」と激しく抵抗しました。

 職員の表情は一変し、
 「この小娘が、生意気なこと言うな」と
 目玉が飛び出すほど怒鳴りつけるのです。

 ガクガクと足が震えました。
 
 そして翌日から厳しい労働を言いつけられました。
 患者が次々に運び込まれて施設が手狭になり、
 新しい建物を建設するためです。
 
 戦況は日々激しさを増し
 「おまえたちのただ飯食いは許されない」
 というのが職員の言い分でした。

 治療に来たはずが、朝から夕方まで看護婦の補助、
 さらに夜は重病人の付き添いを遅くまでさせられました。
 
 茶碗一つ洗うことがなかった私の手は霜焼けになり、
 ついには指先が動かせなくなりました。


 昭和十六年、私は比較的症状の軽い入所者と園内結婚しました。

 新居は、四組の夫婦が押し込まれた十二畳半の一室。
 カーテンなど何の仕切りもありませんでした。
 一年も経たずに子どもができました。

 恐れていたことが現実になりました。
 ある日医局から呼び出され、堕胎を強いられたのです。
 
 台の上に乗せられ腹の中のものを
 全部引き出されるような痛みを感じました。
 
 子どもが足をバタバタさせている様子を見ました。
 これがわが子の姿を見た最後でした。
 
 看護婦は「あんたに似てかわいい子だよ」と言いながら、
 声の出ないうちにガーゼで口を押さえたのです。
 一緒に殺して、と思いました。
 
 しばらく気を失った後、
 目覚めた時に激しい喉の渇きを覚え
 「水を飲みたい。水をください」と言いました。
 
 返ってきた言葉は
 「勝手なことをしておいて、贅沢言うな。我慢しなさい」。
 この言葉を思い出すたびに体が震えます。
 この時も、これ以降も私の心を支えたのは神の存在でした。

 私は入園して間もなく、
 入所者の代表を務める中年男性との縁で
 『聖書』に出合いました。
 
 園のやり方に抵抗ばかりしていた
 強気の私を見るに見かねたのでしょう。
 
 「ここでは反抗していても何の得もない。
  それより神様を信じて人を許すことを覚えなさい」
  
 と言葉をかけてくれたのです。
 
 精神的な崖っぷちにいた私の心に、
 万人への普遍の愛を説いたキリストの言葉の
 一言一言が染み入りました。


「あなたは何を支えに、これまで生きていましたか」

 と聞かれることがあります。
 私はその一つに神の愛を挙げます。
 
 と同時に七年間必死に治療してくれた親や親戚の支え、
 お互いに励まし合った同部屋の仲間たちの愛情も
 忘れることはできません。


 平成八年、らい予防法は廃止になりました。
 しかし数々の苦しみは私の記憶から絶対に消えることはありません。
 いまでもわが子の夢を見ます。
 
 悲惨な歴史を繰り返さないためにも、
 私の体験を一人でも多く語り継ぐことが、
 務めだと思っています。

 
  • コメント(全44件)
  • みぃーゆぅママ 
    2/23 10:03

    この本は、もう売ってないのですか?どこにあるんですか!?私も、こんな本に出会ってみたいです

  • キャンディ☆彡裏チケ終了☆ 
    2/23 10:07

    騙されて入れられて ひどい扱いを受けられたんです
    ハンセン病だけでなく 昔は誤った認識や偏見などで 不幸な思いをされた方が多いですよね。
    話は違いますが、昔は双子も忌み嫌われて 片方が殺されたり 捨てられたり 産んだ親が偏見持たれたりと 今の時代では信じられない考え方ですよね

  • まなみ 
    2/23 10:11

    すごく考えさせられます

  • ぺりぱとす☆))) 
    2/23 10:23


    おはようございます


    「ここでは反抗していても何の得もない
      それより神様を信じて人を許すことを覚えなさい

    心に染み入りました


    長島愛園を想起しました〜懐かしいおもいがします


    今日もシェア感謝します…コルベ神父の生き様も思いおこされます


    先生にとって今日の一日が幸いなものでありますよう

  • 威風堂々 
    2/23 10:24

    壮絶

    辛い酷

    誤った価値観や常識は不幸
  • そら☆姫2歳☆ 
    2/23 10:31

    読んでいてすごく辛かったです

    こんな事が許されていたなんて・・・現代に生まれることができて本当に良かったです


    うちの兄(30)は幼い頃から喘息でした

    しかし、その頃は喘息はダニなどへのアレルギー反応ではなく、

    『親が甘やかすからなる病気』

    とされ、わずか4歳になったばかりの兄は1人で入院

    しかも悪の根源とされた親や家族の面会は3ヶ月に1度 わずかな時間だけでした。

    看護婦も冷たく厳しく、とてもスバルタでした

    自由に何かを食べる事も許されず院内飲食禁止
    食事は3食のみ。おやつも無かったそうです。

    たった20数年前なのに・・・


    医療の進歩は本当にありがたいで

  • ミント(睡眠不足で疲れ気味) 
    2/23 10:33

    酷い事をされていたんですね。

    去年義父から近くにハンセン病の人がいた事を聞きました。
  • むっち☆放置気味です☆ 
    2/23 10:46

    心が締め付けられる思いがしまし


    ところで、たいし君のインフルエンザはよくなりましたか

    ジャガーさんも大丈夫です

  • ふか☆ぽん※GREE留守がち 
    2/23 11:01

    読んでいて心…体ごと締め付けられるような感覚を覚えまし

    現実にあったこと、今もなお苦しんでいる方がいらっしゃること…
    『知らなかった』で済ませてはいけませんね
  • TOMOMO(多忙のため暫くクリコン休みます) 
    2/23 11:06

    読んでいて心が張り裂けそうになりまし

    この小さい日本の中で昔、そんなに酷く…人間を人間として扱わない様な事をしていたなんて


  • ツバちゃん〜今日で退会します。お元気で! 
    2/23 11:43

    胸が痛みました。待ち合わせ時間潰しで読みましたが、涙がながれました。回りの人は
    て泣いている変な女と思ったかも知れませんね

  • *りえ*(しばらく休みます。ゴメンナサイ) 
    2/23 12:18

    私も学生の頃、ハンセン病施設を見学に行き、愕然とした記憶が今でもあります。生活状態や差別は想像を絶するものでした。ホントに辛い日々を送られたと思います。もっともっと多くの方に知ってもらいたいです。
  • くまのプーさん 
    2/23 12:21


    胸が、私も 張り裂けそうでした


    残念で



  • ♪みやび♪ 
    2/23 12:26

    絶句しました

    この方々の人生を返してあげたい
    堕胎した医師や赤ちゃんを殺した看護婦はシゲさんの人生をどう償うのでしょうか。

    国家としての間違った認識がこんな酷い悲劇を作って許せないです
  • 42 
    2/23 12:47

    言葉が見つかりません。こんな事、人間の心を失ってます…
  • さくらこ イベゆったりペース 
    2/23 12:59

    涙が出ますね

    辛い体験を話して下さるのも勇気のいったことでしょう。

    お話してくださったことに感謝します。

    知るきっかけを作ってくれた木下先生にも感謝します

    1年前、23年間闘病生活の末旅立った母は、自分もしんどいのに困ってる人がいたら手を差し伸べる人でした。

    私も母の背中を見て育ち「どうしましたか?」と具合の悪そうな方への声掛けは自然と身に付きました。

    いつか命をまっとうして天国で母に会ったら、嬉しくて泣き崩れると思うけど「よく頑張ったね」と言ってもらえる生き方をしようと思っています
  • ピヨ※多忙すぎてアップupすんましぇ〜ん※ 
    2/23 13:03

    心が痛

    それでも人は愛を見つけることができる

    今の世
    当たり前が多すぎて愛を見つける心が薄れている気がしてます。
    小さな愛、たわいもない愛、その気で見たら愛だらけの世界

    気づいてほしいな
  • *aya* 
    2/23 14:12

    涙が…
    読みながら止まりません
    護師の方は
    とても小さな尊い命
    どんな気持ち
    葬ってきたのでしょうか
    には理解できません
    んなに残酷で悲しい出来事は繰り返して欲しくないで

    本当に悲しいすぎて
    言葉になりません

  • 未来のみっちゃん 
    2/23 14:17

    神谷美恵子の本は読みましたか?
  • Ruby 
    2/23 14:25


    熊本にもハンセン病の施設があって、いろんな人が苦しんだそうです。

    外と分断された塀に、中から穴を開けて外を見ていたんだそうです


  • Ruby 
    2/23 14:25


    熊本にもハンセン病の施設があって、いろんな人が苦しんだそうです。

    外と分断された塀に、中から穴を開けて外を見ていたんだそうです

  • こころ 
    2/23 15:07




    教育実習のため母校の中学校でお世話になっている時、教職員研修として玉城シゲさんのお話を直接聴いたことがあります。
    木下先生が書かれている内容を、小さな教室で涙ながらに熱く強く語られた玉城さんの姿は今も忘れられません。

    鹿児島で生まれ育った私ですが、それまでハンセン病について詳しく知らず(授業で習った程度)、星塚敬愛園の存在すら知りませんでした
    無関心であった私自信が情けなかったです。


  • peater 
    2/23 16:32

    何か、そうゆう病気療養中の施設がありました
    るんだよね
    ょっと、難しい話でした。ありがとうございました(^-^)
  • さゆ[桜[塾] 
    2/23 17:18

    人の怖さも素晴らしさも考えさせられま

  • ひろ助 
    2/23 18:17

    神谷美恵子さんを思い出しました

    なぜ私たちでなくてあなたが?
    あなたは代って下さったの

    と詩にしたため…一生をらい病の方の為に捧げた方もいましたね


    もっと沢山の人達に正しい知識を伝える事が出来たなら…
    悲しい思いをしなくても良かったのにと思いま

  • アンジェリーナ 
    2/23 18:44


    よくわからないですが、酷い話ですね?!愛楽園とか敬愛園とか、何ですか?国の指示だったのですか?サギの上、拉致ですよね?
    酷い時代です

  • ピロリ 
    2/23 20:00

    昔は今みたいに医学が進歩していた訳ではないので、隔離政策を批判するのは無意味でしょう
    病態がまだよく分かっていない感染症患者を野放しにすること自体無謀すぎます
    あの政策は間違っていたなどと、今だから言えることです。

    100年後、医者は癌なんかで体を切り開いていたと、虐殺者扱いされかねません

    結果論が大好きな左翼に何言っても通じないかもしれませんがw
  • aco 
    2/23 20:27

    なんだ
    医学の話かと思ったら宗教の話か

    聖書の神なんていないのは証明されてるんだか
    書かないほうがいい
    読んだ人が勘違いしてしまうよ

    よく考えてみなよ
    神がいればそんな所になぜ入ったんだい
    それに子供にどんな罪があるって言うんだい?

    ただ、自分より大きな概念を作り出して
    自分の選択を許したいだけだよ

    信仰は思考を停止させるだけで、なんの意味もないよ




  • kotoho(静かにおもふ) 
    2/23 21:05

    ハンセン病に限ら
    目に映る部分の身体の歪みやアザや車椅子や難病でも
    あの人はね…と噂される世の中で
    差別化は良くないですね
    心まで病んでしまいそうで
  • みっきいのぱり 
    2/23 21:28

    話が全然ずれますが昨日にいさんちに泊まってみた夢の中で大維志くんがみっちゃんが目をはなしたすきにビルの隙間から転落して保健室に行ったら足にギプスをはめて寝てる大維志くんの夢をみてしまいました
    が悪く空気のよめないわたしの夢が当たらないことを祈りま

  • なこ 
    2/23 21:43

    小笠原先生は「遺伝しない」「治る」とおっしゃていらっしゃったようですね。でも当時は異端児扱いだったのでしょうね…
  • チャロ 
    2/23 22:09

    ハンセン病に限らず

    精神疾患だって、40年も病院に住まなければならなかった人もいるんです…
    今度は地域に帰す政策ですが、施設に住まなければならない方々は見知らぬ所へ移住しなければならないようなケースも多いのです…
    また、地域に帰す、地域で、といっても居場所はディや授産にグループホームに
    これじゃあ本当に地域に帰したことにもならないし、また本人の意思尊重なんてあるんでしょうか…
    ただ、あるものを活用して退院させるだけ…
    部屋は貸してもらえない、施設つくろうとすれば反対運動…
    ハンセン病に限らずいまでもすぐそこで、差別偏見はころがっています…

  • ひまわり*今までありがとう 
    2/23 22:32

    精神科に勤めていた頃院長が話してくれた座敷廊の話を思い出しました
    話を聞いた時、患者さんの現状…色々考え涙したことを覚えていま
    ノーマライゼーションという言葉最近よく使われるようになりましたが…本当の意味で私達の心に浸透してほしいと心から思います

  • ☆麒麟☆ 
    2/24 01:02

    中学生のころに元ハンセンビョウ患者であった方の公演を聞いたことがあります。今でも忘れられないのが強制的な男女に対する避妊手術について。何が何だかわからない私も話を聞いているうちに人間の残虐さが悲しく、恐ろしく涙が出ました。そして今自分自身にも残虐性があることを悲しく思います。いざ自分の身になってみないとわからない知らない、そして傷つける。根本的な「接する心」を見つめなおしていきたいものです。
  • 鬼姫☆アゲハ☆ 
    2/24 01:05

    先生

    ジャガーさん
    傷つけたバカがいて
    ジャガーさんブログしてな

    先生から言って下さ

    【くだらない奴は関係ない

  • めぐっちょ♪♯ 
    2/24 03:13

    鬼姫さんと同じくジャガーさん最近日記書かれてなくて…同じ幼児を育てているのでジャガーさんからはいつも元気をもらっていて日記楽しみにしてたの
    木下先生ジャガーさんの話ストレス聞いてあげて下さ
    日記待ってま

  • イル 
    2/24 04:24

    私は学生時代に遠藤周作さんが書かれた『私が・棄てた・女』を読んで以降、
    ハンセン病患者さんに対する差別には胸を痛めてきました。
    ハンセン病患者さんは法律でやっと解放されましたが、心の傷を消すのは容易ではないと思います。

    時代は変わり、今は心を病む人が増えました。
    所謂精神病でないうつ病などでも職業差別を受けます

    一昨日、障害者手帳を交付されている友人から、パート先の上司に知られ、退職を勧告された

    という哀しい連絡がありました。

    先生は医師でありながら公人ですから、これからも様々な誤解や差別を日記で取り上げて頂きたいと期待しています。

  • ラッキー・釣りゲームのみ参加・(__) 
    2/24 04:44

    この病気に関する過った過去を決して忘れてはならないと再確認しました
  • てんしき桜 
    2/24 07:34

    ジャガーさん風邪でもひいたのですか
    ブログないので
  • 三毛猫 
    2/24 08:55

    ハンセン病問題はまだまだ暗い闇の中です。私の世代でも知っているのはごく僅か。学校で教わらない歴史の一つですね。歴史を専攻した私でさえテレビの特集番組でしか知り得なかった事でした。
    奥さまとタイシ君の明るい笑顔を早くみたいです。
  • 紫乃 
    2/24 19:34

    『砂の器』もハンセン病の差別を書いた小説でしたよね。

    伝染病だと忌み嫌われ(実際は感染しないのに…)
    差別を受けてきた患者さんの深い傷は消えることはないでしょう。

    現代も差別を受ける、またそれほど受けはしない病との格差が激しいと感じるのは私だけでしょうか?!

    差別はいつの時代になっても避けては通れない課題なのでしょうね。(-ω-)

  • ☆みか☆∞ありがとう∞祝.桜子チャン.ラテ 
    2/24 19:53

    読んでて悲しくなりました

    今も昔ほどではありません
    差別や偏見はありま

    障害者は好きで障害を持ったわけではありませ

    障害者にもっと優しい社会になってほしいです

    私達健常者は身近で出来る事をなるべくしてあげるようにしたいですね

  • ひろ(飽きちゃったから、しばらくお休みしますm(_ _)m) 
    2/25 02:08

    私の住んでる隣町に、ハンセン病患者の収容所(恵風園)があります。
    今でも、何名か入所されてるみたいですが、今でも辺り一面、高く厚い塀に囲まれ、当時、外の世界を見たかったのでしょう。所々に小さな穴が空いてるんです。それを見る度、切なくなります

  • あやお→イベント×…参加のみかも。 
    2/25 06:31

    読ませていただきました。ありがとうございました。

  • GREEにログイン(新規登録)するとコメントを書くことができます。
    ログイン(新規登録)