愛読書、致知から紹介させていただきます。

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僕は、21歳の時に当時52歳の父が他界しました。今日の紹介させていただく随想を読んで、父を思い出しました。

「息子からの弔辞」
  

    井坂晃(ケミコート名誉会長)

             『致知』2004年11月号「致知随想」
             ※肩書きは『致知』掲載当時のものです

 この夏の七月二十九日、弔問のため九十九里に赴いた。
 弔問客は四十人くらいであったが、
 私にとってこの葬式は、抑えがたい悲しみと感動が相俟って、
 心に強く焼き付いた。


 故人は、当社社長・中川の義弟・菊崎氏である。

 中川の説明によると、故人は四十九歳。
 妻(中川の妹)、高校三年の息子、
 そして中学二年の娘を残して逝ってしまったのである。

 故人は二十五日日曜日の昼過ぎに、
 不運にも誰もいない自宅で倒れてしまったという。
 
 奥さんはその日たまたま仕事に出ていた。
 成東高校の三年生で、サッカー部のキャプテンを務める長男は、
 練習のためやはり出ていた。
 
 片貝中学二年の長女も、
 所属するバスケットボール部の活動で出かけていて、
 家族全員留守の間の出来事であった。

 私が中川からその知らせを受けたのは、
 翌二十六日の朝であった。
 午後には、通夜は二十七日の夜、葬儀は二十八日と決まったようだ。


 ところが、夕刻過ぎに再び中川から電話が入った。
 
 「実は、誰もいない所で死んだ場合は、
  司法解剖をしなければならないそうです。
  ですから、まだ葬式の日程を決められませんので、
  決まり次第また連絡いたします」
 
 とのことだった。

 司法解剖の結果、死因は心不全と分かった。
 日程を改め、通夜は二十八日午後七時、
 葬儀は二十九日午前十一時から行われることになった。

 その間、中川から菊崎氏の横顔を少し聞かされていた。
 北海道出身で、高校時代は野球部に所属し、
 優秀な選手であったこと。
 
 高校卒業後は野球ではなく、料理の修業のために
 ドイツへ三年間留学したこと。
 お酒が好きだったこと……。


 それにしても、四十九歳という若さで亡くなった
 本人の無念を思うと、心が痛む。
 
 二十九日は、小笠原諸島付近に大型の台風があって、
 珍しく西にゆっくり進んでいるとのことだった。
 
 その影響で、朝のうち房総半島は
 時折にわか雨に見舞われる悪天候だったが、
 十時前には雨も上がり、
 びっくりするほど澄み切った青空が広がった。
 
 真っ白な浮き雲、灰色の雨雲が、
 時折夏の強い日差しを遮りつつ勢いよく流れていった。


 十一時少し前に、葬式の会場である
 九十九里町片貝の公民館に入った。
 会場の大部屋は畳敷きで、棺の置かれた祭壇の前には、
 すでに遺族と親戚の方々が座していた。
 
 私は中川夫婦に黙礼をして後方に並んでいる
 折りたたみ椅子に腰掛けた。
 
 祭壇の中央では、故人の遺影が
 こちらを向いてわずかに微笑んでいる。
 
 ドキリとするほど二枚目で、
 その表情からは男らしさが滲み出ていた。

 会場には私のほかに高校生が五、六人、
 中学生の制服を着た女の子が数人、
 そして私のような弔問客が三十人くらい座していた。
 広間に並べられた座布団の席はまばらに空いていた。

 葬式は十一時ちょうどに始まった。
 右側の廊下から入ってきた二人の導師が座すと、
 鐘の音とともに読経が始まった。

 後ろから見ると、二人ともごま塩頭を奇麗に剃っていた。


 読経の半ばで焼香のためのお盆が前列から順々に廻されてきた。
 私も型通り三回故人に向けて焼香し、
 盆を膝の上に載せて合掌した。
 
 しばらくして全員の焼香が終わると、
 進行係の人がマイクでボソリと「弔辞」とつぶやいた。

 名前は呼ばれなかったが、
 前列の中央に座っていた高校生らしい男の子が立った。
 
 すぐに故人の長男であることが分かった。
 私には、彼の後ろ姿しか見えないが、
 手櫛でかき上げたような黒い髪はばさついている。
 高校の制服らしき白い半袖シャツと
 黒い学生ズボンに身を包み、白いベルトを締めていた。

 彼はマイクを手にすると故人の遺影に一歩近づいた。


 「きのう……」。

 
 言いかけて声を詰まらせ、
 気を取り直してポツリと語り始めた。

 
 「きのうサッカーの試合があった。見ていてくれたかなぁ」。

 
 少し間をおいて、


 
 「もちろん勝ったよ」。



 二十八日が葬式であったら、
 彼は試合には出られなかった。

 司法解剖で日程が一日ずれたので出場できたのである。
 悲しみに耐えて、父に対するせめてもの供養だとの思いが、
「もちろん勝ったよ」の言葉の中に込められていたように思えた。

「もう庭を掃除している姿も見られないんだね、
 犬と散歩している姿も見られないんだね」

 後ろ姿は毅然としていた。
 淋しさや悲しみをそのまま父に語りかけている。

「もうおいしい料理を作ってくれることも、
 俺のベッドで眠り込んでいることも、もうないんだね……」

 あたかもそこにいる人に話すように、

「今度は八月二十七日に試合があるから、上から見ていてね」

 その場にいた弔問客は胸を詰まらせ、ハンカチで涙を拭っていた。

「小さい時キャッチボールをしたね。
 ノックで五本捕れたら五百円とか、
 十本捕れたら千円とか言っていたね。
 
 二十歳になったら『一緒に酒を飲もう』って言ってたのに、
 まだ三年半もある。

 クソ親父と思ったこともあったけど、大好きだった」


 涙声になりながらも、ひと言、ひと言、
 ハッキリと父に語りかけていた。


「本当におつかれさま、ありがとう。
 俺がそっちに行くまで待っててね。さようなら」


 息子の弔辞は終わった。



 父との再会を胸に、息子は逞しく生き抜くだろう。

 
  • コメント(全33件)
  • アイリーン 
    2/14 11:21

    いつかは死にゆく身ですが、その日を見つめて生きるのもいいですね。
    日一日しっかりと生きられるでしょう。
  • ゆうゆ 
    2/14 11:49

    誰もが訪れる事ですが……

    やはり突然だと尚更でしょうね…

    1日1日を大事にしたいと思います

  • 天女《生かして頂いて有難う御座います。》 
    2/14 11:49


    お疲れさまです。いつも木下先生やジャガーさんの日記を愛読させて頂いております。

    先生もお忙しいお体くれぐれもご自愛下さいませジャガーさんやたいし君のために元気で長生きされますよう〜又たいし君のお嫁さんや孫さんをシッカリその腕に抱かれますよう先生のお父さまのぶんまで長生きして下さいね



    ジャガーさんやたいし君と末永くのお幸せを心より祈っております

    いつも学びの日記をアリガトウございますm(_ _)m




  • ゆうゆ 
    2/14 11:49

    誰もが訪れる事ですが……

    やはり突然だと尚更でしょうね…

    1日1日を大事にしたいと思います

  • ☆小公女セーラ☆$*£ 
    2/14 11:50

    私の父は39歳でなくなりました。癌でなくなりました〜私の小学校の入学式のすぐあとに他界しました〜

    原発はわかりませんが、肝臓癌だそうでした。痛みが酷くて仕事から早く戻ってきた姿を覚えています。

    兄 弟も父になり、父の年齢を越えたので母を交え兄弟家族会をしました

    みんな家族が出来、公務員となり、立派になりました…親や祖父に感謝ですね
    分の話でスミマセンm(__)m
  • チビ 
    2/14 11:51

    読んでいて涙がでました。
    私には父親がいません。親というものがわかりません
    父親に可愛がられて育った人の親への気持ちが伝わります。
  • まぁむ(UC) 
    2/14 11:52

    なぜ死んでしまったのか
    病気のせい?事故に遭った?自殺?凶悪犯に殺されたから?老衰?
    いいえ、この世に生まれてきたからです

    と義祖母の御通夜で我が家の壇那寺のご住職が話してくださいまし
  • 威風堂々 
    2/14 12:00

    家に誰かいたら助かったかもしれない

    司法解剖があったから試合に出れ

    親の死亡で悲しみにくれることなく試合に出て勝つ

    なんか、いろんなことが細々と繋がってて凄い

    人生は短い
  • さくら子 
    2/14 12:03

    はい!心にしみるお話に涙かでました☆

  • 威風堂々 
    2/14 12:08

    ところで、りみさんからのバレンタインプレゼントは何でしたか

  • BRIAN GRAVE 
    2/14 12:25

    辛く悲しい話だったんですね、涙出ましたよ

  • みぃーゆぅママ 
    2/14 12:38

    私も、十歳の時に父を亡くしてます!あの時、幼くて言えなかった言葉、今なら言えます「ありがとうございました」と…振り返る時間を下さいまして、ありがとうございました

  • とまと 
    2/14 12:43

    なける

  • 42 
    2/14 13:17

    胸がつまるお話ですね。私自身、身近な家族を亡くす経験が無く現在に至っております
    自分に置き換えた時、彼のように立派な挨拶が出きるかしら
    彼のお父様は、何時もご家族の皆さんを見守られていらっしゃる事、間違いないと思います。
    父の愛は永遠でしょうから
  • ちゃん★lucky☆ 
    2/14 14:14

    私の父は、私が生後6ヶ月の時に亡くなりました。腎不全でした。
    東京なら最新の医療が受けられ、もしかしたら助かっていたのかもしれません。
    九州の田舎に、翌年、人工透析の機械が入り、前の年に入っていたら父は助かっていたのかもしれない。でも当時は保険も利かず、お金持ちしか治療を受けられなかったので、無理だったかもしれません。

    6ヶ月では父親の存在を知るわけもなく、逆に悲しいと思った事がないので、物心ついてからじゃなくて良かったのかな?とも思います。

    今は大維志くんに一つ下の息子がいるママです。今でも父親って存在がわからないけど、子煩悩で優しい夫がいるから、こんなんが父親なのかな〜と幸せを感じています。
  • 鯱ほこ 
    2/14 14:16

    私も亡き父を思い出し涙しました・・・
  • よし 
    2/14 15:05

    木下先生、僕も昨年の1月26日に尊敬する祖父を亡くしました。

    祖父は海軍の軍人であったため、躾にはとても厳しかったのですが、それ以上に優しい人でした。

    晩年は病により全盲になりましたが、不平や不満を一切言わず病と向き合っていた姿が今も目に焼き付いています


    今、私が読んでいる致知は、一昨年に祖父に長生きをしてもらいたい為に、3年分をプレゼントしたものです。


    祖父の宛名で届く度に、祖父の優しい顔を思い出しながら読んでいます


    今日は先生のブログのおかげて、祖父のことを思い出すことができました

    ありがとうございま

  • ちーちゃん 
    2/14 16:45

    やばい。地下鉄でないてしまった
  • ゆきんこのほっぺた 
    2/14 17:07

    私の母は、49で他界し、私は21歳、妹は中学生でした。
    同時期に、妹の反抗期や祖父の会社の倒産、建てたばかりの家の売却など、父は苦労しました。当時の私も仕事から帰ったら、家事をしなくてはならず友達と遊びに行ったりできないでいました
    今は私も親となり、夫や子供のためにもある程度健康で、ある程度の長生きはしたいと思います…。

  • 南の国の妖精みなみ(複数のユーザーを利用して返ツン後の連ツンはやめて下さい) 
    2/14 17:25

    バレンタインデー

    これからもよろしくお願いします

  • まさくま(体調不良の為…ごめんね♪) 
    2/14 17:45

    今日2月14日は、わたしの大好きな祖母の命日なので…色んな思いで読ませて頂きました!
  • ぽん吉(骨髄炎手術の為の入院待ち) 
    2/14 18:28

    °・(ノД`)・°・
  • *じゃすみん*  
    2/14 19:12

    涙です


    父は2年前に亡くなりまし
    いろいろな治療をしたのですが病には勝てなかったで

    あの時は…
    そういえば…
    などなど思い出がいっぱい

    とにかく父に会いた
    と言うより
    声が聞きたくなりま

    話がしたい
    言う
    気持ちになります

    父は偉大ですよね。
  • ○×▲■ 
    2/14 19:49

    何か、言葉が出てきません・・・
  • 夜舟(キングダム面白い) 
    2/14 22:21

    すみませんm(__)m泣いてしまいました

  • カミヤ 
    2/14 22:41

    私が22才、故父53才で突然倒れ逝きました。父が与えてくれていた全ての物事が静止しました。命は長い方が良いですね。
  • 和民◆ゲームNG 
    2/14 22:43

    私もまた、思い出してしまいました。
    事故で亡くなり警察で…
    悪い事してないのにねぇ〜(笑)
    父や母に弔辞するなら「ごめんなさい。そしてありがとう。」が精一杯かな…

  • きんた 
    2/14 22:46

    大変だだんだ

  • とと(マイペースで復活) 
    2/15 00:33

    叔母が亡くなったトコなので 読んでたら涙が出て止まらなくなってます

  • ハナちゃん 
    2/15 00:51

    とても素敵なお話でした。
    ありがとうございました

  • みきぼん 
    2/15 00:57

    身近な人が突然亡くなるというのは、受け入れがたい現実ですね。
    私は20歳で、父50歳をガンで亡くしました。今の医学なら早期発見できたのかな。私も読んでいて父を思い出しました。
  • 十彩 
    2/15 01:16

    読みながら涙が自然に出てました

    自分の意思に関係なく、突然命が絶えるのは本当にツラい事ですね
    残された家族も勿論ですが、亡くなられた方はもっと心残りだったでしょうね

    毎日、生きてる事に感謝しないといけませんね

  •  
    2/15 07:26

    息子さん高校生…
    これから父親を必要とする年齢ですね。
    お父様も息子さんの成長を楽しみにしていた…無念だったでしょうね。
    試合に出場できたの
    お父様…息子さんへの最後の愛だったのね。
    悲しすぎます
    息子さんの「勝ったよ」
    きっと!きっと!
    お父様、試合観てお空にいったよ

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