特攻隊の真実 致知 2006年8月号より


メールマガジンで、とても心に感じるものがありましたので、紹介させて頂きます。


  戦争という逃れ得ぬ境涯の中で、国を思い、
  愛する人を思い、散っていった若者たち。

  同じ時代に生きた者の務めとして、
  その純粋な思いを書きつづってきた
  作家・神坂次郎さんの対談記事を抜粋してご紹介します。



第七十二振武隊員の千田孝正伍長のことは、
お芝居でも書いて随分感動を呼びました。
 
第七十二振武隊というのは、
昭和20年5月27日に、万世飛行場から出撃した部隊なんですが、
自分たちから“特攻ほがらか部隊”
と名づけたくらいに陽気で愉快な連中の集まりでした。

出撃前に1週間ほど滞在していた横田村(現・東背振村)では、
夜になると地元の人々が慰問に訪れていたのですが、
隊員たちの元気な余興に、
逆に村の人々が元気づけられるほどだったそうです。

中でも人気者の千田伍長が、
ひょうきんな身振り手振りで踊る特攻唄は、
村の人々を爆笑させました。

ところが、出撃前日の夕方、
竹林の中であの陽気な千田伍長が、


「お母さん、お母さん」


と泣きながら日本刀を振り回していたのを、
通りかかった女子青年団員の
松元ヒミ子さんが見ているんですね。

そういう話になると、もう、
涙が溢れてきて、私などは何もしゃべれなくなる……。

なかなかいまの人には
理解していただけないとは思いますが、
いかに私たちの青春というのが
凄まじいものであったかということです。

松元ヒミ子さんはおっしゃっています。


「日本を救うため、祖国のために、
 いま本気で戦っているのは
 大臣でも政治家でも将軍でも学者でもなか。

 体当り精神を持ったひたむきな若者や一途な少年たちだけだと、
 あのころ、私たち特攻係りの女子団員は
 みな心の中でそう思うておりました。

 ですから、拝むような気持ちで特攻を見送ったものです。
 特攻機のプロペラから吹きつける土ほこりは、
 私たちの頬に流れる涙にこびりついて離れませんでした。

 38年(談話当時)たったいまも、
 その時の土ほこりのように心の裡にこびりついているのは、
 朗らかで歌の上手な19歳の少年航空兵出の人が、
 出撃の前の日の夕がた


 『お母さん、お母さん』


 と薄ぐらい竹林のなかで、
 泣きながら日本刀を振りまわしていた姿です。
 ──立派でした。あンひとたちは……」  


ただ私は、決して戦争を肯定したり、
特攻を美化したりするつもりはありません。

特攻は戦術ではなく、指揮官の無能、堕落を示す
“統率の外道”です。
私は、その特攻に倒れた若者たちが見せてくれた、
人間の尊厳、生きる誇りを語り伝えていきたいのです。
 
自分の命を白熱化させ、
完全燃焼させて飛び立っていった特攻の若者たちは、
生きていた歳月はわずかでも、その人生には
いまのような生ぬるい価値観を
拒絶したような厳しさがありました。

その厳しさの中で自分の人生、
命の尊厳を見事に結晶させていったのです。

日本人としての誇りを持って飛んでいって
ついに還ることのなかった彼らのことを語り続けることで、
愛する日本の未来に新たな光がもたらされることを願っています。


 
  • コメント(全79件)
  • リーチ(多忙につきログイン低下中) 
    8/12 09:52

    昨冬に亡くなった祖母の遺品から戦時中に恋人だった特攻隊の彼から突撃数時間前に書いた手紙が終戦を報せる新聞と共に出てきました。

    愛する人を守るためにと自分を奮い立たせて精一杯書いた手紙は自分が亡くなった後も魂になり祖母を守っていくとの文章で締括られていました。

    メディアで見るものとは違い、本物の手紙を手にしてどこか現実とかけ離れた世界のように捉えていた戦争がぐっと自分に近付いた瞬間でした。

    手紙を書いた彼や手紙を読んだ祖母のことを思うと胸が苦しくなり、悔しさや悲しさが伝わってきました。
    自分たちが日常を幸せに過ごしているのは、たくさんの命の犠牲の上にあることを忘れず子どもたちの世代に伝えていかなければなりませんね。
  • ぉかあさん♪ 
    8/12 09:54

    2度目です(__;)もしかしたら自分の投稿、先生のお話とズレてたかもしれないですが…私事ですが私の親友(兼“若旦那”^_^;)が今年、自衛隊入隊試験を受けます。彼はよく『戦争の本当の被害者は末端の兵士』…なんて言います。戦争中の日本人は上官も部下も全て被害者だったでしょうが…。彼が子供の時見たと言う映画で、米国との戦争が舞台の、戦場カメラマンが出てくる、てゆうのを今探してます!なぜかなかなか見つからないんです(>_<)
  • 胡蝶蘭(海賊団放置 タビニワパス) 
    8/12 10:01

    テロリストが日本の特攻を真似 自爆テロをしているとの記事を読んだ時特攻隊員と一緒にするなと思った事思い出しました しかし戦争は加害 被害の立場越え 何も誰にも利益のない酷たらしい出来事でしかないと改めて思う8月に成りました。
    現代史における戦争の解釈 各国で違うのもまた国の利益を考えての事 悲しいかな欲の深い政治屋官僚に先導される国民の哀れさ 人間皆 しっかり食べ 平和教育を受けられる時代来ないものか…
    貧乏と強欲が争いを起こす様つくづく思っています。
  • ROXY 
    8/12 10:05

    先生 はじめまして

    マノンレスコーです


    人間は
    平和になりすぎると
    精神が堕落しますか

    我が子を虐待したり 簡単に人を殺すニュースが 後を 絶ちませ

    英霊が 見たら 憤慨しますね
  • 新城◇まろい姫 
    8/12 10:11

    戦争はしてはいけな
    対!
  • ёよしきんぐ 
    8/12 10:18

    先生お疲れ様です。
    私の住んでる所から約20kmの所に「知覧特攻基地跡」が有ります
    そこには特攻隊の青年の写真がたくさん貼られており、祖父に「同級生の写真が有る」と言われた時かなり複雑な心境になった事を憶えております

    戦争は人間の「欲」が引き起こすものです。
    人間に欲が有る限り大小問わず戦争は今後も起きるでしょうね。etc…
    書ききれないのでこの辺で止めときます
    (内心、連休に心をブルーにさせるな〜
    )
  • ☆☆忍☆☆      SPECIAL 
    8/12 10:25

    YOUTUBEで特攻隊員のとても悲しい親への遺書が見れます。


  • 聖・林檎 
    8/12 10:31

    毎年8月になると…原爆投下、広島、長崎…戦争を思います。私達の祖父母の時代に現実に起こった事!いつになっても、忘れてはいけない
    だと思います。成人を待たずにして、お国の為に死を…私の息子がその時代だったら…と思うと…やり切れません
    争に出す為に、我が子を産み、育てて来た訳では無いのに…と、御遺族の気持ちを思うと…。核兵器なんて無くな
    と願わずにはいられないです。永遠に、語り継がれて行かなくては、行けない
    争は決して決してしては行けない事を
    れが自らの命を犠牲にして、散って行った方々への、私達がすべき事だと思います。
  • さくらこ イベゆったりペース 
    8/12 10:32

    心が潰される思いでいっぱいです

    若い彼らには未来があった
    それを潰したのは、戦争です。

    勉強もスポーツも遊びだって楽しい年頃に、彼らは「嫌」とは言えず旅立たねばならなかった

    8月は戦争・日航ジャンボ機墜落事故を思い出す月なんです

  • ふぁんく♪ 
    8/12 10:39



    “誰かの犠牲の上にある幸福は
     幸福とは言わない”ですよね

     いつの時代でも犠牲になるのは
     立場の弱い人達で

     一部の傲慢な奴らの満足の為に



     これを読ん
     何を感じ、何を行動出来るのか

     考えなければなりません


  • 威風堂々 
    8/12 10:52

    特攻は戦術ではなく、指揮官の無能、堕落を示
    “統率の外道”です
    私は、その特攻に倒れた若者たちが見せてくれた、
    人間の尊厳、生きる誇りを語り伝えていきたいのです

    というところが印象に残りました
  • αあ-α 
    8/12 11:09

    ..涙..


    人を元気づけ
    人のため国家のため..
    人の命の土台にいる

    有難いこと申し訳ないこと

    この方々の命
    お腹におさめ
    無にしないよ
    前にすすみた

    きのぴ
    先生ありがと



    お気に入りに登録し時々読み返しますネ
  • アヤナ 
    8/12 11:13

    大伯父も特攻隊員の生き残りでした。
    出撃の日に玉音放送があり、出撃が取りやめになったのだと聞いています
    そして母にとっては、自分に兄が居ること知った記念日?だそうな。どんな家族関係なのか、口を割らないので謎のまま
    戦争について知ったかぶりが多いのも、体験者のショックが大きすぎるからでしょう。
    ショックを受けなかった人や、洗脳された人が、巾をきかせていますね。
  • αあ-α 
    8/12 11:18

    きのぴは人のために生きるドクターね
    私も医師になりたかったな
    ♪(*^ ・^)ノ⌒☆
  • たぃ(肉の会・副会長) 
    8/12 11:23


    戦争と
    双方に死と傷と痛みと憎しみと悲しみを伴うもの。

    被害者は日本に限らず…
    日本の侵略で苦しんだ朝鮮半島、中国…
    日本も日本で加害者
    アメリカや連合国も被害者であり加害者である

    あの戦争は…
    どちらが被害者で
    どちらが加害者か
    どちらが正義
    どちらが悪か
    一体連合軍の求めた平和とは何か


    もはやだれにもわからなかったはず…

    あの戦争を振り返るときに重要だと思うのは
    どちらがどうやって勝って負けたかじゃない。

    彼らがどう戦場で生き死んでいったか…
    それを知るべ
    国と国との戦いにおいて一個人の死を答うのはおかしいかな
    だけど
    負の遺産とし
    日本人はあの戦争を忘れるべきではない
    そう思います


  • ミント(睡眠不足で疲れ気味) 
    8/12 11:30

    おはようございます。8月は戦争と日航ジャンボ機と命について考える月間の気がします。先日も祖母の法事に行く時に祖父の妹さんから戦争の時の話をしました。どんな気持ちで戦地に行ったのか、どんな気持ちで家族と離れたのか、小さい子供を置いて離れる気持ち、青春はあったのか。最近どうだったんだろうと考えます。自分が祖父や叔父の亡くなった歳に近づいたり、越えたりしたときにふと思います。
  • *nao* 
    8/12 11:33

    戦争は あたしの祖父は 多分 母の産まれた事を知らず 戦場で戦死
    祖母は 帰ってくる 港に毎日 通いつめて
    母は戦争孤


    家族 の 意味= 戦争

    殺し
    あい


    家族は他人集団 だけど
    家族は
    は 問題ばっかり ニュース 贅沢三昧だからかなぁ
    我が強いよね

    贅沢は

    家族は 最終的に頼りたい 仲間


    言いたい事 まとまりませ
    すいません
  • 正宗(リクエスト イベ×) 
    8/12 11:39


    おはようございます!

    先生の日記とみんなのコメント読んでいたら、男ながら不覚にも涙が出てきまし
    僕も、先生とみなさんの思いと同じです

    同時に、あれから65年経ち日本は何を得て何を必要以上に捨てているのかを考えまし

    戦前は、精神主義に偏っていたと思います 物理的解決方法があるのに気合いが足りないとか、根性がないとか

    ゼロセンが動かんのは、貴様の精神がたるんどるからじゃ!機械担当者は一蹴されておしまいです

    物質的な進歩より精神主義を重んじ過ぎ
    結果、軍部トップの戦犯は特攻などという最悪の考えを、実際に作戦にして15〜17歳くらいの子供たちをも、洗脳して死なせてしまいました

    特攻を英語では、Suicide Attackと言うみたいです Suicideは自殺です 欧米では、特攻手段が、自殺意外に良く分からないみたいで
    当然ですよね 外道のやり方が文明先進国で理解されるはずないで

    戦後は、価値観が180度変わり物質的な豊かさを第一に求め、日本は突っ走りました
    結果的に世界第二位の経済大国になりました
    戦前→精神主
    戦後→物質主
    どちらもバランスが良くないです
  • ちぃ§まったり(^O^)§ 
    8/12 13:36

    木下先生のブログ,皆さんのコメントを読み涙が止まらず胸が苦しいです

    この季節になると 生前,祖父がフィリピンでアメリカ軍の捕虜になり食料も与えられず 牢に入ってくる蛇や鼠や虫を食べていたと言っていた事を思い出します。
    そして私が入試で英文科を受験すると聞いて大反対した祖母…。

    話がそれてスミマセ

    戦争で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします
  • ロザンナ 
    8/12 14:28

    愚かな時代な
    若い命が消えていったんだ

    可哀想でなりません

    戦争のない平
    そうなればいいです
  • ☆翔☆若き青雲の志 
    8/12 14:32

    特攻隊で散華された青年の遺書が、靖国神社などで数多く出版されていますが、19や20の青年の達筆、文章力には驚きます。


    勇敢に戦い散った英霊のおかげで、大東亜戦争に敗北して尚、今我々が日本人として、日本国に生かされていることを忘れてはいけませんね


  • *かょたん* 
    8/12 17:43

    ただ胸が苦しく涙がとまりません

  • パインさん 
    8/12 17:56

    木下先

    ほんとに忘れてはならない特攻隊の真実ですよ


    『愛国心』
    忘れてはならないことだと思いま



  • とと(マイペースで復活) 
    8/12 19:12

    読んでるうちに 涙



    戦争が云々は今更言っても 一緒

    何でもある今に有り難さ持たないといけないですよね


    今の世の中
    何かおかしい
    つくづく感じます!!


  • にゃんだらリンゴ 
    8/12 19:43

    命をかけて特攻隊員で戦って散ってしまった人たちと戦犯とが靖国神社で一緒なのは毎年疑問に思います



  • 〇みぴ〇 
    8/12 20:41

    二度と
    取り戻せない青春時

    だけど
    生きてる限り

    生きて年老いて行かなければならない

    大切な青春時代を

    大切に生きたかったのに
    無駄遣いしなかったのに


    そんな人達が
    取り返せないまま
    老いて消えて行かなければならないなんて…

    戦争が終わっても

    やりきれない
    悔しい思いで
    毎晩歯ぎしりして悪夢に苦しんだ日もあったろうに


    そんな人達
    先人たちに踏み台になってもらってやっと今の日本があるというのに…



    私たち若者は

    もっと大切に生きなければ

    思います。。
  • ♪みやび♪ 
    8/12 21:07

    載せて下さりありがとうございます。
    この事実を胸に刻みます。
  • fairy♪ 
    8/12 21:38

    お国の為に働いて下さった方に感謝です


    涙が出てきま


    なんで戦争が起こったんだろう…

    なんで原爆を落とさなければいけなかったのか

    毎年考えさせられま


    沢山の方に戦争のお話聞きたいで

  • ★ぱや〜ん(^o^;)★ 
    8/12 21:58

    私達の幸せはこうした犠牲の上に成り立っていることを、何度も繰り返し、一人一人が再確認して生きていかなければなりませ

    43の私は横浜で育ちまし
    私が中学生の頃、片手、片足が無く、兵隊の恰好をして松葉杖をつき、胸に白い布を巻いた募金箱を首から下げた男性が、横浜駅西口の橋に立っているのを何度か見かけまし
    その方はただ無言で立ってました
    そのうち見かけなくなりました・
    (本当の太平洋戦争の兵隊さんだったのか正確なところはわかりませんが)

    体験していない私達は語り継がれるもの等から想像するしかありません
    想像力の欠如がおそろしいです

    まとまらなくて長文すみません

    いいお話ありがとうございます

  • ブータン 
    8/12 23:18


    戦争

    その言葉を耳にするたび自分自身の全てに蓋をしてしまいます。
    事実を見たり聞いたりしただけで全身に震えがきます

    胸が痛くて息が苦しくなります。


    先生のブログを読んで・・
    これからも感謝、生かされている事を忘れずどんな時も精一杯過ごそうと心の底から感じました。


    二度と戦争がないことを心から願っています。


  • マーブル 
    8/13 00:16

    一度、父と2人でハワイに行った時に父のリクエストでパールハーバーに行ってきました。
    初めてかいてんを見て、言い表せない感情を抱いた時の事を思い出しました。
    あんなに大きな魚雷の中に本当に小さな人1人やっと入れるスペースの中に入って…

    特攻隊同様、他戦争で犠牲になった方達の事を深く考えさせられました。
  • ☆…さやえんどう…☆イベお誘い不可!! 
    8/13 01:04

    なんだか、じーんとくる内容ですね。戦時中に活躍されてた方々のお陰で、今の私達は生かされている。

    現在の日本は戦時中のことは実体験していく世の中では、ありませんが、昔あったことを、事実として語り継いでいかねばなりませんね。

    今後、世の中全体が平和になっていけばいいのですが…と祈るばかりです
  • マリーゴールド 
    8/13 02:38

    言葉になりません。まとまりましたらコメントしにきます。
  • §ちびちゃん§ 
    8/13 04:58

    今精神的に疲れる社会だとよく耳にしますが、このような状況での私たちよりまだまだ子どもな年齢の方々がどのような精神状況だったのかと考えると、それだけでも私たちには計り知れない深い悲しみや辛さを日々感じてたのでしょうね…
    生きるっていう意味…わからないで悩み苦しむこの時代の方々が今こうしていられるのもこのように耐えてた方々のおかげである…

    文章力が無いのと寝ぼけてるのとでどう書いたらいいかわからないのですが…

    私自身が薄っぺらでどうしょうもない…でも生かされてる事に感謝しまし

  • はながらたい月2注射うち 
    8/13 07:49

    戦争終わり頃はひっそりとシュッセイしたらしい。
  • みいのら♪ 
    8/13 10:55

    とびたつ前に終戦になりましたが
    私の父
    最後の空軍志願兵でした。

    死ににいくところへ
    「志願」するということ…

    向かう志の異常さの方を私は語り継ぎたいです

    報道統制と指導者の選択の間違い
    どんな結果を招くか

    日本人はたった65年前に
    学んだはずですが…
  • シェリー《お世話になりましたm(_ _)m》 
    8/13 12:11

    YouTubeで、特攻隊員の遺書を見ました
    涙が止まりませんでした。
    笑って、飛行機で外国戦艦に突っ込んでった、若い命のこと
    考えたら、戦争は、絶対、やってはいけない!
    日本という国に産まれて来た自分たちは、国を守る為に、と
    死んで行った多くの魂の為にも、
    精一杯、まっすぐ、今を生きなければ、
    と、思わされます。
    合掌・・・。
  • 流佳。ご心配おかけしましたm(__)m 
    8/13 12:20

    今日は木下先生。
    私に取って戦争は叔父さんの学徒動員希望兵に着きます。この事を踏まえつっコメントをします。私の母は戦争を少しだけ実体験をした一人ですし母の上の兄弟は三人以上戦時中の中で生まれて兄弟が多い為に栄養が十分に取れず赤ん坊の時に一番上の兄は死に次の大叔父はやはり流行り病と栄養不足で亡くなったと母方の祖母に直接お話を聞きました
    しい事に最初の叔父さんは最後の学徒動員希望兵の候補生徒として軍事工場で働き下の兄弟の食べ物と薬をまかなったと母と祖母から聞き受け継いだ私に取って戦争は憎みそして哀しい記憶ですしだから今の日本の姿と経済の有難さと平和を長く続けてその分亡くなった方の重い想いも受け継ぐべきでは無いかと改めて考えました。核も戦争も出来たらしたくないですね!長くなり先生ごめんなさい。
  • 42 
    8/13 13:28

    現在日本の平和は、戦争で命を亡くされた方々のお陰だと思います

    その方達にお礼をせねばですね。

  • 直江 
    8/13 14:59

    武士道とは…
    いかに死ぬか

    そんな時代もありましたね

    今の若者は…
    生きることの意味さえわからない

    終戦記念日には…
    いまの平和のありかたに…
    いつも複雑な気持ちです。
  • コニちゃん 
    8/13 21:40

    人間は学習能力の高い動物なのに、いがみ合って、憎しみあうことは いかに愚かしいことは学習しない。
    どの時代でもどんな人種の人も、思うことはシンプルで、無駄な戦争で命を失うのは終わりにしたい、戦争は憎しみや絶望しか生まないことを知ってるのにね。
  • ルシファー 
    8/13 23:38

    義理の伯父さんが 沖縄で戦死しました


    特攻も 靖国神社で学びました


    その上で 強く日本を愛していま


    °・(ノД`)・°・



    平和は 素晴らしいです



  • よし 
    8/14 00:16

    木下先生、いつも素敵なブログを感謝していま


    僕が致知を定期購読を始めたのが2007年からですので、バックナンバーで取り寄せてみようと思っています

    また今、手元には「英霊の言及葉」があり、読み返していますが、先生のブログで紹介された話も含め、こんな純粋な心がなぜ侵略者と言えるのか


    正しい日本の歴史をきちんと伝えなければいけません


    ひょっとしたら、敗戦は日本人自身が日本を陥れている今この時かもしれません


    英霊達が護ってくれたこの日本をしっかりと立て直したいで


  • 走れラモス´ω`)ノ☆ 
    8/14 01:17

    美化しているつもりはないのでしょうが、その魂が清いというより、なんでそんな良い子が亡くならなければいけなかったのかとやりきれない悔しい悲しい気持ちになりました。

    亡くなった方の人数を数字の概念で理解するのではなく、その人数の分、またそれぞれに人生や生き方があったのだろうと。その方々の悔しさや悲しみの上に、私は生きているんだなと思いつつ、この戦争を歴史の一ページとしないで、もう二度と繰り返さないように私ができることはなんなのか、じっくり考えていきたいです
  • *つなマヨ*イベ休みます* 
    8/15 14:16



    深夜にNHKでも 特攻隊の青年達の遺言などを紹介していました。

    親 目上の立場である日本人が 次の世代である子供達を死に追いやった罪は とてつもなく重い罪だと感じます‥。

    今後 いかなる自体になっても 子供達だけでなく 戦争いう理由で 命を奪い合う人達を 戦場に送る事は 二度としたくないと心から思います‥。


    私は 世界がそちらに動いても 自分の身内などが 兵隊で呼ばれたら 必死で逃がしたいで



    自分の兄など 死んで欲しくないだけでなく 人をあやめる罪を何もせずに送り出す事は とても耐えられないと思います。

    今の時代になっても もしも戦争になったらどうする?と聞くと 仕方ないだろうと言う男性は多くで 恐ろしい気持ちがします‥




  • 桜の森の満開の下 安全運転意識を高める!&真珠のNが欲しい 
    8/16 23:49

    そんな純粋な青年達を戦場に送った大人達に怒りを覚えます


    帰りのキップを渡さずにね


    美化するな!と思います。

  • お元気ですかすっぱいぶどうです。 
    8/16 23:57

    何も知らず侵略者として利用された彼らが可哀想です
  • やっさん 
    8/17 22:41

    本当に尊く美しいものは

    美化しなくても尊く美しいはず。泥の中にあっても尊く美しいはず

    泥まで美化しなくてもいい。事実まで曲げなくてもいい。

    と私は思う。


    果てしなく美化しなくてはいけない事実の下には、いったい、何が埋まっているのだろうか。
  • αあ-α 
    8/22 00:11

    自動車博物館
    今月いっぱいまでのゼロせん展示会をみてきました



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