バブル時代 楽しかったなー

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最近、バブル時代のネタでブレイクしている女性芸人の方がいらっしゃると伝え聞きました。
ワンレンボディコン(髪型がワンレングス、服装がボディコンシャス)が定番だったあの頃、そう自分が大学生の時代は日本がバブルと呼ばれる、大変景気の良い時代でした。よく日本中が浮かれていた時代と評されますが、まさにそういう時代だったと当時を回顧して感じます。

学生達に僕の大学生時代の話をしても、全員ポカーンとしています。それだけ、現在の大学生の生活と、当時の大学生のスタイルには乖離があるのだと思います。

当時の男子大学生の多くが車を所有していました。その目的は、女性にモテたいからです。逆に考えると、車が無い男子は苦戦していたと思います。僕も、自家用車を所有していました。当時、聖心女子大学に通っていた彼女を迎えに、よく広尾商店街近くの外苑西通りに沿いに車を停めていました。現在その近くに住んでいますので、辺りを歩くたびに当時のお店とか、色々な思い出を懐かしく感じます。僕のような大学生は少なくなく、駐車スペースは取り合いで、場所を探すのが大変だったのを覚えています。そのお蔭で、縦列駐車はとても上手くなりました。

ドライブは湘南方面が定番の一つで、国道134号線はいつも渋滞。134号線沿いにはおしゃれなお店が多く、湘南の海を見ながらお茶をしたり、食事をしたり、北海道から上京した田舎者にとっては、凄すぎました。現在の職場である鎌倉女子大学は134号線からも近く、たまに当時の想い出に浸りたくなって歩いてみますが(現在車を所有していないので)、当時のような渋滞はなく地元の?サーファーを海にまばらに見つけます。
当時デートでよく行った“珊瑚礁“というお店は、2時間待ちは当たり前だったように記憶していますが、先日行ったときは待たずに座れました。因みに、ジャガーは僕とのドライブが嫌いですし自家用車も無いので、一緒に行ったのは一回きりです。(笑)

当時は、よく大学のサークルのイベントとして、ディスコ(現在は無いのでしょうか)を貸し切ってのパーティーが連日行われていたように思います。その代表的存在は、麻布十番にありました“マハラジャ”だと思います。一般営業時間は、学生は少なめで、芸能人やモデル、とにかくかっこいい人たちが集う場所だったように思います。金曜日は“金マハ”と呼ばれて、消防法違反?かと思うくらい人で溢れていました。フロアにはスペースがありませんし、通路も通るのに一苦労でした。ドリンクやフードは、入店時に渡される紙幣で交換できました。ディスコに寿司職人がいて
また、六本木の日拓ビルには“AREA”、“シパンゴ”というディスコがありました。やはりその人気は凄く、田舎者の僕には驚きの連続だったように思います。現在はありませんが、日拓ビルの近くに、一棟全階ディスコというビルもありました。それだけ需要が多かったのだと思います。
当時、年間300日以上は一緒に過ごしていた慶応の友人たちは、その後全員かなり出世しています。今でも会うとそのパワーに驚かされるので、大学生を勉強もしつつ後悔の無いようにその日を全力で過ごすことが、今の大学生と違うのかなとも感じます