江副さん

リクルートの創業者の江副浩正さんがお亡くなりになりましたね。驚きました。

私が初めて江副さんを見たのはテレビで、あの日本じゅうを騒がせた贈賄事件で国会の証人喚問に出ていた時です。私はまだ中学生でした。

私が歌の勉強を始めた頃、江副さんはすでに江副育英会を作って若いオペラ歌手の育成事業をなさっており、「リクルート・スカラシップ」と言えば歌手を目指す者にとっては憧れの的でした。

もちろん私もリクルート・スカラシップに憧れた一人ですが、まだオーディションを受ける覚悟もできる前、藤原歌劇団の研究生を終えて間もなく、Bunkamuraオーチャードホールの「オペラティック・バトル」なるものに優勝したら翌日、江副育英会からコンサート出演の依頼が舞い込みました。

東大卒のソプラノがコンクールに優勝したらしい、と聞いて、ご存じの通り東大の卒業生である江副さんが、ご自分の主催なさるコンサートに私を呼んでくださったのでした。

歌手と言ってもまだ卵の私にとってはおおよそ生まれて初めての出演オファーでした。まだ海のものとも山のものとも知れぬ新人を、よくもまぁ臆せずに使ってくださったものです。

結局私はリクルート・スカラシップの奨学生にはなりませんでしたが、その初めてのオファー以降も江副さんには本当にたくさんの機会をいただきました。特にまだオペラの仕事なんかはほとんどない、20代の頃。

アルベルト・ヴェロネージ指揮の東京フィル、サントリーホールでノルマ・ファンティーニやイルデブランド・ダルカンジェロと共演のコンサート、なんてもう、当時の私には夢でしかありませんでした。そういう華やかなコンサートから江副さんがゲストハウスに招くお客様のためのプライベート・コンサートまで、今も夢のように思い出します。少しずつ大きな舞台に立たせていただくようになってからは、必ず楽屋にお花を届けてくださいました。

プリマドンナとは、というようなお話もたくさんうかがいました。最後にお話ししたのは2年ほど前、震災の少し前。珍しく江副さんご本人からお電話をいただき、週末に安比のスキー場に来ないか、というお誘いでした。

江副さんのスキーの腕前はプロ級で、冬は毎週のように安比高原で滑っていらっしゃいました。私も何度か呼んでいただいて滑ったり(主にソリとスノーモビル)、夜には江副さんのお客様のために歌ったりしましたが、その日曜日は私のリサイタルの日で(江副さんは『ちょうどいいじゃない、安比でゲネプロして帰れば』と笑っていらっしゃいましたが)残念ながら伺えませんでした。

あれが最後なら、少し無理をして本当に安比でゲネプロすればよかったなぁ。悔やまれます。もっと立派な歌手になってご恩返しもしたかったのに。

いずれにしても私にできることは、これからも真面目に歌うことぐらいしかありませんね。今日は江副さんの一番好きだったベッリーニの「ノルマ」を聞いて勝手に偲ぶ会、です。今まで本当にありがとうございました。心からご冥福をお祈りします。