レチタティーヴォ・セッコ

  • 川越塔子 公式ブログ/レチタティーヴォ・セッコ 画像1
連日マルコとにらめっこ?で、「フィガロの結婚」のレチタティーヴォを勉強中です

「レチタティーヴォ」は「叙唱」と訳されたりしますが、オペラをざっくり「歌」と「台詞」に分けたとしたら、「台詞」にあたる部分のことです。

中でもモーツァルトの時代のオペラには「レチタティーヴォ・セッコ(直訳すると『乾いた』叙唱)」というのがあって、その間はオーケストラが鳴らず、チェンバロの伴奏で台詞が語られ、劇が進行します。

楽譜にも、一応音符と休符で書いてあるんだけど、音程は守りますが、しゃべる速さや間の取り方は歌手に任されています。

時代が進んでいくと、レチタティーヴォ・セッコは姿を消して、レチタティーヴォも全てオーケストラの伴奏付き(レチタティーヴォ・アッコンパニャートといいます)になります。

ということは、歌手の自由がなくなるとも言えますが、逆に言うと、書いてある通りに歌えば、自然にある程度美しいイタリア語が語れるということですね。

レチタティーヴォ・セッコだとそうはいかないので、特に我々外国人は、イタリア語で台詞をしゃべる訓練をうんと積まなければなりません。

私も、音大生の頃からモーツァルトのオペラを教科書として与えられ、たくさん訓練してきました。が、イタリア人と膝をつきあわせて、レチタティーヴォ・セッコばかりをこんなに密に勉強するのは初めてです。

おかげで、自分のイタリア語の発音の癖や弱点とか、細かい母音の区別(イタリア語の母音にはオとエが2種類ずつあって、イタリア人は無意識でも区別してしゃべっている)とか、目からウロコの新発見がいっぱいです。

うーん。勉強って素晴らしい。イタリア人もビックリ!のレチタティーヴォ・セッコを目指して頑張ります。

 
  • コメント(全2件)
  • マルセロ 
    12/16 20:15

    一番

  • Kaiser 
    12/16 23:46






    例えばのハナシ


    外国の大歌手が来て


    encoreに


    サービス精神で


    日本の歌曲


    歌ったりしますよね


    完璧な日本語で流石





    プロ根性は見上げた


    ですが…、


    悲しいかな


    ホトケ作って魂入らず


    対訳的


    意味を取り乍


    歌ってるのが


    バレバレで


    痛々しい!


    其辺り


    歌曲程では無いにし


    器楽と違って


    限界が


    有りますよね…。
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