古代の遺産と向上心

ギリシャの経済が危機的状況に追い込まれていて、ヨーロッパ諸国の援助を受けなければ破綻を免れない、という状況にありながら、今から「ユーロ圏にとどまりたいですか(つまり援助してもらう?どうする?)」を問う国民投票をするんだそうです。

フランスのムッシュー・サルコジやドイツのこわそうなメルケル首相は「まったく意味わからん、勝手にしろ」という感じ(私の印象ね)でしたが。

ギリシャの街頭でのインタビューなんかを見ると「世界の文明はギリシャから始まったんだぜ。だからみんながギリシャに感謝している。ギリシャが困っていたら世界がこぞって助けるさ」みたいな感じで、人々は極めて楽観的。

イタリアに住んでいた頃、もちろんイタリアは素晴らしい国で大好きだけど、日本人と比べてイタリア人の「向上心の無さ」に呆れ果てる機会は数多くありました。

イタリア人も、「世界の文明はローマから始まったんだぜ」と思っています。実際、街中は世界遺産だらけだし新しい建物を建てたりするのは難しい。だから「あるものをあるがまま残す」ことを至上命題として、何百年も暮らしてきたわけですね。

例えば日本人なら、阪神大震災で、水道の蛇口のレバーが「下げると水が出る」方式だったために水が出っぱなしになってすぐ断水した、という経験があったら、その後新しく建つ家やマンションではあっという間に「上げると水が出る」方式に改良されたりしますよね。

そういう感覚は、イタリア人にはありません。水道の蛇口など、未だにレバー式ではなくお湯(赤)と水(青)をキュキュッとまわして自分で温度調節するものがほとんどだし、ローマテルミニ駅の地下鉄A線のエスカレーターは、いつまでたっても階段部分より手摺りの進む速度が速く、乗っていると手だけ先に進むので定期的に「おっとっと」と手を置き直さなくてはなりません。

何につけ、細かいことでも「改善する」「向上する」を良しとする感覚は、あるいは日本人が特別に強いのかもしれません。

でも。古代の遺産を守り抜いてきた人種の向上心の薄さには、何となく共通点を見出ださずにいられないのです。

以前、エジプトを長く旅行して帰国した友人が「古代の遺産の上にあぐらをかく国に未来はない」と言い放ったことがありましたが、エジプト人もきっと「世界の文明はエジプトから始まったんだぜ」と思っているに違いありません。

というわけで、ああなってもギリシャ人が危機感を持っているかはあやしいし、ギリシャ危機がイタリアへ飛び火するのも心配です。「向上心を身につけよう!」と叫んでも、一朝一夕にはいかないものね。

 
  • コメント(全2件)
  • Kaiser 
    11/4 00:30


    古代文明の末裔で未だ隠然と世界を支配して居るのはユダヤ人だけ!!
  • ‡ ♂コジュケイ ‡ 
    11/4 00:34

    興味深いお話し、有り難うございました
    えさせられる内容です。
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