みっつのたま




その男は私の前に突然現れた


いや、正確には〔現れた〕のではなく〔目の前にいた〕のだ




どうやらここは病院のようだ


勘のいい方ならお気付きだろう


私は病室のベッドにいて


そして今まさに意識が戻ったという訳だ


霞む目をこらしてベッドサイドに立っている体格のいいその男を見る


その男は意識の戻った私を覗きこみ


どういう訳か目に涙をいっぱい溜めながら


日に焼けた顔をくしゃくしゃにして笑った


『良かった…お前…良かったな…』



(…お前?)



見たところどうやら医者や看護師といった類いの人種ではない


何故ならその男はどう見ても〔キャッチャー〕なのだ


野球のユニフォームを着て〔つば〕のないツルンとしたヘルメットをかぶり


胸にはプロテクター、左手にはミット、右手にはマスクを持っている


(うん…キャッチャー…だな…)


念のため言っておくが私にはキャッチャーの知り合いはいない


いや、そもそもこのキャッチャー…この男は私の知り合いではないのだ


だいたい知り合いでもない初対面のキャッチャーに


〔お前〕呼ばわりされる覚えは今のところない



(誰だ…こいつ…)



とりあえずヒントを求め何か話しかけてみようとしてみたが


残念ながら私の声はその男には届かなかった



何故か声がうまく出せないのだ


そういえば胸の辺りが少し苦しい



(まずいな…)


言いそびれたが、私は彼の正体はもとより


自分が何故いま病室にいて、自分の体がどういう状態にあるのかもよく分かっていな


つまり今の状況には分からない事が多すぎるのだ



あまりにも多いクエスチョンに私はパニックを起こし


咳き込んだあげく強烈な吐き気を催した



『先生!先生!!』



嗚咽する私を見てキャッチャーが叫ぶ



(心配するな見知らぬキャッチャーよ…よくある事なんだ…)










9回裏1アウト1塁、0対0


1塁ランナーは俊足の団子屋のシゲちゃん


商店街対抗草野球大会で2年連続盗塁王の団子屋の若旦那だ


俺も同じ団子屋の若旦那として何としてもシゲちゃんにサヨナラのベースを踏ませる訳にはいかない



そして初球、シゲちゃんが走った


『キャッチャーさせぇーっ!!』


(は、早い!間に合わない!!)


その一瞬の躊躇が握り損ねを呼び、球は明後日の方向へ…



そして今、俺は病院にいる


私が投げた球は2塁ベース方向ではなく


1塁側ファールグラウンドの土手へ一直線に飛んでいき



土手でのんびりと昼寝をしてた


今俺の目の前でチューブに繋がれ寝ているこいつに直撃したのだ


俺は目を覚まさないこいつをそのまま病院へ運んできたという訳だ


ちなみに試合はそのままシゲちゃんがホームインしサヨナラ負け


そんな事はもはやどうでも良かった


(頼む…死ぬな…目を開けろ!…開けてくれたら団子いっぱい喰わせてやるから…頼む…)



俺は神に祈った


そして数十分…


祈りは通じた



意識が戻ったそいつはユックリと目を開け不思議そうに俺を見ている


俺は涙声でつぶやいた


『良かった…お前…良かったな…』


口をパクパクと動かし何か話そうとしている



(本当に良かった…)


俺が押し寄せる安堵感と脱力感に包まれていると


そいつが激しく咳き込み嗚咽しだした


俺は焦って先生を呼んだ


そのとき


そいつは吐き出した…




唾液まみれの毛玉を




そして元気良く言った、いや鳴いた…




『ニャ〜オ!!』





そのときドアが開き飼い主が入ってきてそいつを抱きかかえ叫んだ




『タマぁ〜っ!!』










…皆さんのヒマ、つぶれましたか?




ウヒヒヒ