衆院での代表質問 (2011.1.27)

 衆議院での2日間の各党代表質問が終った。各党それぞれ若干の程度の差はあったが、菅総理には厳しい質問であった。それはむしろ当然である。

 政府と野党の意見が違う事は当然であり、我々の主張、提案にも十分な答弁ではなかった。答弁の中身については、もとより期待をしてのものでもなかったのでまあ予想通りの答弁とでも言うほかない。

 しかし、百歩譲って答弁の中身に立場の違いがあるとしても、度重なる「答弁もれ」には正直驚くやらあきれるやらであった。質問戦の初日、そして2日目にも同じ事があった。

 ふつう初日にミスがあれば、2日目以降は緊張して臨むことが当り前である。加えて明らかな答弁の間違いもあった。菅総理が自ら指導力を発揮したと自讃する法人税の実効税率について、「下げる」というべき所を2度も「上げる」と答弁した。野党席ではよっぽど消費税を「上げ」たいのでは、との話がもっぱらであった。

国会のルール (2011.1.20)

 1月20日は大寒である。暦の上ではもっとも寒さが厳しい時と言われているが、本日の寒さはそれほどでもない。

 18日、民主党は国会のルールの見直しを提案した。「ねじれ」国会で予算、法案の審議等をスムーズに運びたいという思惑からであろう。

 国会は不思議なところで、憲法、法律に則ることは当然であるが、先例、慣習も劣らず重要視されている。先例集という立派な本もある。

 両院協議会を見直し、機能させようとの提案をはじめ、改革の提案であったが、その中に質問通告を前々日正午までとする国会申し合わせの徹底が入っていたが、これには驚いた。この申し合わせを平然と踏みにじってきたのは一体誰か。

 私は厚生労働副大臣の当時、大臣が質問通告なしで答弁を要求され、質問と答弁が食い違わないよう苦慮した経験もある。また、某元大臣が野党であった頃、かの部屋の前では質問前日ともなると夜遅くまで各省の質問取りの担当者が門前市をなす状態であった。

野党の責任か (2011.1.19)

 通常国会召集を前に、民主党小沢一郎元代表が政倫審に出席するかどうかの議論が続いている。この問題は昨年来からずっと続いており、政府、与党ともに本来注ぐべき公務、政務のエネルギーが殺がれているように思う。

 この問題は、本来民主党の党内で処理すべき問題である。党内でできないから国会で解決しようとしていると思わざるを得ない。

 民主党は当初、国会前に政倫審で議決をしてでも小沢一郎氏を招致すべしとの方針であったように思う。ところが、ここに来て招致議決が先送りされそうである。報道によれば、民主党内から、「招致議決をすると国会審議に影響が出かねない」と、まるで野党に責任があるかのような発言も出てきたそうだ。

 総理はリーダーシップを発揮すべきである。

支持率は上がったが (2011.1.16)

 菅第2次改造内閣については、先日の小欄でも書いた。その後の世論調査の結果が報道されている。内閣支持率は毎日新聞29%、日本経済新聞31%、共同通信32%、読売新聞34%である。不支持率は支持率を大きく上回っているようだ。

 支持率は上がったが、総理や民主党が期待をした数字ではないだろう。改造後は、通常は期待もあって上がるものである。これからは下がるだけだろう。菅総理は内閣支持率の低迷の原因を理解していないのではないだろうか。

 それは総理の内政外交にわたる指導力の欠如であり、民主党のマニフェストの問題である。すなわち微修正、ファインチューニングではないという事である。

内閣改造(2010.1.14)

 菅第2次改造内閣がようやく決まった。年末年始の間、大騒動した挙句の出発である。さて、この内閣をどう命名するか。私は、総理「延命」内閣と命名したい。

 今回の改造の焦点は官房長官の更迭であり、後任を誰にするか、更迭した官房長官をどのポストで処理するか、であった。官房長官といえども総理の人事権から言えばまな板の鯉である。が、この鯉が自ら包丁を握ろうとしたのではないかとも思わせた

 私は、今回の改造で不可解に思う事が多々ある。その内のひとつが法務大臣の人選である。任命する方もする方だが、受ける方も受ける方だ。国権の最高機関、国の唯一の立法機関の長を経験した人が行政権の一分野の長になるとは信じ難い人選ではないか。法律には違反していないから良いとでも言うおつもりだろうか。

 民主党政権には政治責任、政治の襟度という考えが少々希薄と思わざるを得ない。波高い第2次菅内閣の出発である。