なぜボケ味の強い写真がもてはやされるのか

昔の友人から仕事のオファーがあり、
本当に久しぶりに会いに行ってきました


今や名物編集長となったKくんですが、出会ったとき
彼はまだ新入社員でした

週末を利用し海外旅行をしよう
という
ビジネスマン向け企画ページのモデル役で
サイパンロケをご一緒したのでした。

他に同行したもう一人が、実は後でわかったことでしたが雨男

ほとんどのカットを到着した日と次の日で終わらせてしまったにも
かかわらず、その翌日から台風の襲来
で残り3日間を棒に振り、
結局すべて終わらせることが出来ず帰国した、
何とも思い出深い仕事でした


いつも「どんなお天気でも、その時撮れる写真を
撮りましょう」と言っている私ですが、
南の島はやはりハレ
、しかもかなりの青空
でないと、
やっぱり絵にならないんですね


そのかわり雨で仕事にならないので、テーブルホッケーで
死ぬほど盛り上がったっけ。
若かったんだな〜(遠い目。)

そんなロケだったからとても仲良しになって、
他の仕事仲間もまぜこぜにして、月1回は飲みに行く
異業種交流なおつきあいを続けていました。

でもみんなそれぞれに家庭を持つようになり、
自然と疎遠になっていました。

そんなKくんとの再会でしたが、う〜ん、哲学を持つ人の
お話はやっぱり面白いっ


今日も、なぜこの頃ボケ味の強い写真がもてはやされるのか、
というお話になったとき、Kくんは

「限りなくシャープな描写を可能にしたデジカメだからこそ、
何でも可能な道具だからこそ、
かつてそれが出来ずにいた頃の表現を回顧しているのでは」

との解説。
なるほどー、と文句なく納得した私だったのでした。

お茶漬けしか食べたことのない人が「お茶漬け好き」というのと、
いつもはステーキを食べている人が「お茶漬け好き」というのは
意味が全然違います。

トップギアでも60kmしか出ない車と、
200km出せる車が60kmで走るのと
やっぱり違いますよね。

ふむふむ。

また深く写真表現について考察する糸口を
導いていただいたようです

Kくん、ありがとう