ごらんよ空の鳥

また一人、私にとって大きな存在の方が帰天されました。

古川正弘神父様です。

私はミッション系の小学校へ通っていた事もあり、
小さいころから時々教会へ通っていました。
でも、つまらない事でいろいろとつまずき、
教会通いは細切れで、そのうちすっかり足が
遠のいてしまいました。

中学の学校行事でスキーに行ったとき、
引率の神父様として私たちに同行して下さったのが
古川神父様。
これが神父様と私との出会いでした。

中高生の師牧担当だった神父様は、何でも悩み事に
してしまう、微妙なお年頃の私たちのお話をよく聞いて
そしてよく遊んで下さいました。
かまっていただいた事がうれしくて、私はすっかり
神父様とお友達になりました。

神父様の分もお弁当を作って、動物園に遊びに行った事も
あったっけ。
今思えば、すごくお忙しかったと思うのに、
よく付き合って下さったと思います。

そうこうしているうち月日が流れて、
神父様とも、教会とも、まただんだん疎遠になって。
実はもうほとんど神父様の事も、記憶の引き出しの奥深くに
しまい込まれていたのです。

私は、と言えばその後クリスチャンの夫と結婚し、
自然に洗礼を受け、
近所の教会に毎週通って今に至っています。

一昨年、無神論者だったけれど、最後は洗礼を頂く事ができた父が
亡くなりました。
キリスト教式に故人を天国へ送るのが初めてだった私達一家は、
私の所属している教会の馴染みの神父様にご相談して
なんとか父を見送る事が出来ました。

けれど日本流の四九日になって「納骨」をするために
墓地だけは用意したけれど全然馴染みのなかった教会へ
意を決してお邪魔したところに主任司祭としていらしたのが
懐かしい古川神父様だったのです。

少しだけお年を召していたけれど、まじめなお話振りは変わらず
故人をキリスト教的に弔う方法がわからなかった私たちに
適切にご指導下さり、また父の親戚にはクリスチャンが一人も
いなかったので、その方達に受け入れて頂けるような
お話に気を配っても下さりました。
この5月は3回忌(キリスト教的には3年祭)で、
ごミサもあげて下さいました。

神父様と再会してから、お会いするたびに小さくなられているような
気がしていました。
神父様がずっとガンと闘っておられた事は
みんなが知っていましたが、それが6年も前からだったのだそうです。

このところは東北大震災の事で心を痛められて
石巻市に支援物資を送る活動もされていらっしゃいました。
最後の一瞬まで、神様の手となり働かれたのだと思います。

カトリックの教会でごミサの時によく歌われる「ごらんよ空の鳥」は
菅野淳、新垣壬敏両氏によって作詞作曲されましたが、
これを古川神父様が気に入られて中高生の集いでよく歌った事から
今全国のカトリック教会で歌われる事になったんだそうです。

今日は「通夜の祈りの集い」が行われましたが
ここでももちろん「ごらんよ空の鳥」を歌いました。

一粒の種は死ななければ一粒の種で終わる。
けれど死ねば多くの実を結ぶ。

この聖書の一節に、今日程思いを馳せた日はありません。

大聖堂もそれに続くホールも人がいっぱいで、
入りきれない人が廊下に並んで1時間半の祈りを
捧げました。
神父様の人望の厚さを、あらためて感じました。

古川神父様、どうぞ神様のもとで
安らかに憩われますよう、心からお祈りしています。