『書く』という行為

今、ある原作を元に映画用のシナリオを書いている。
と言っても、製作が決まったわけではない。

むしろ、人気の原作なのでオファーが殺到しており、
強力なライバルにさらわれそうな様子である。

だから、書いたところで徒労に終わる可能性も大だが、
今は書かずにはいられない。


この3年間で映画用のシナリオを3本書いた。
しかし、どれも実現に至っていない。

その内の2本はシナリオハンティングに出かけ、
製作に入ると言うので製本までしたのに、である。

それで得たギャラは恥ずかしくてとても公表出来ない。
学生アルバイトだって、1ヶ月頑張れば稼げる金額だ。
手付けだけで、残りはとぼけられている状態だ。

要するに、いい加減なプロデューサーにつかまって、
ただ働きをさせられたということだ。

実現に至っていない経緯には勿論、私の筆力や
監督としての魅力のなさも加味しなければならない。

しかし監督のモチベーションというのは製作態勢と
表裏一体で、実現の可能性が高いと感じられれば、
おのずと頭もフル回転してくるし、より良い知恵も
生まれてくる。

残念ながらこの2作は、途中から失速して雲行きが
怪しくなってきたこともあり、テンションを保つことが
とてもしんどかった。

それでも諦めているわけではない。


その伝で言うならば、報われる可能性が低いにも関わらず、
なぜ今新しいシナリオを書いているのか。


何かを始めないと、自分が死んでしまうからだ。


映画作りは恋愛と一緒。
監督がどんなに恋い焦がれても、相手が応えてくれなければ、
永遠の片思い。
でも、恋をせずにはいられない。


去年の12月にこの原作のことを知り、出版前からつてを
頼って出版社にコンタクトを取り、信頼出来るプロデューサーに
相談し、思いを綴った文章や企画書を書いてきた。

原作が発売と同時にベストセラーの仲間入り。
その瞬間から恋敵が一気に増えた。

もっと早くアプローチをかける方法はあったのかもしれないが、
状況的には難しかったし、自分自身の私的に抱えている
問題もあって、シナリオを書くには至らなかった。

しかし、この半年間、この原作のことを思い続けていたのは
誰よりも自分だという自負はある。

恋をした時間が相手の心を射止めるわけではないことは、
重々分かっている。

だけど、手に入れたい。
その半年間の思いを、今、文字にぶつけている。

それに、
やるべき事を全てやって、思いのたけを吐き出さないと、
次の恋には進めない。
中途半端に放り出しては、未練を引きずることになる。


私のようなフリーランスは、とどのつまりは
『自称』映画監督だ。

だけど、心に映画を作るという炎が燃えている限り、
誰がなんと言おうと、自分は映画監督だ。


今は撮れていない。
しかし、映画に思いを馳せて『書く』という行為が、
私の炎を、かろうじて燃やし続けている。


その炎が消えたら、それは監督としての『死』。


まだ、死ぬわけにはいかない。