忍者の祖先

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どういう人達が忍者になっていったか?
今日は、そのお話をします

そもそも、私達日本人は、大きく分けて2つの民族の混血です!
1つは、縄文民族。いわゆる顔の濃いソース顔の民族。
もう1つは、弥生民族。いわゆる顔の薄い醤油顔の民族。
つまり、狩猟漁労を中心にしていた原住民、縄文民族の暮らしていた土地に、稲作文化を持って大陸から渡ってきた弥生民族に征服されたことによって産まれた国、それが、日本なのです

稲作をするには、田んぼを作る土地の確保が必要。
土地を確保して、農作業を進めるには、組織的社会秩序が必要。
それが、大きくなっていったのが、大和朝廷。
縄文民族の中には、もちろん、その農耕民族の傘下に入っていったものも多い。
しかし、その文化をよしとせず、農耕勢力から逃れていったものもいた。
北の果てまで逃げて行ったのが、アイヌ民族。南の果てまで逃げて行ったのが、琉球民族。
お互いあんなに離れていて、気候も全く違うのに、どちらも顔が濃く、文化も似ているところが多いのは、もともとが一緒だから。
では、そこまで逃げ切れなかった人達は何処へ?
答えは、当時の農耕技術では、開拓不可能な山岳地帯。
当時の山岳地帯で、山を走り、岩を登り、狩猟漁労の文化を守り続けた人達が、身につけたのは、尋常ではない身体能力。
その能力を、田んぼの文化の人達の歴史が進むにつれ、戦争の道具として利用する権力者が出てきた。
それによって、完成して行ったのが、忍びの技なのだ。
その血を受け継ぐ、私、妃羽理が、ニューハーフという枠を超えて、かたくなに忍者スタイルにこだわる理由は、そのようにして、日本の歴史の中で、絶えず虐げられられてきた民族文化のの集大成である忍術を絶やしてはいけない!
そんな思いからであることは、お分かりいただけますでしょうか?

 
  • コメント(全16件)
  • 鬼《樽》嫁 
    4/12 19:06

    なるほ


    琉球とアイヌがつながると



    勉強になるわ
  • 破壊王[只今療養中放置気味] 
    4/12 19:16

    御頭


    勉強になりました
    りがとうございます

  • ゆかドラ 
    4/12 19:58

    勉強になりました


    日本についてかんがえされました
  • 武吉美綮匐,了情で暫くお休みしますm(__)m 
    4/12 20:06

    深い話ですね…(>_<)
    忍者大好きな息子にも、いつか教えようと思います。
  • まりりん 
    4/12 21:44

    すごいです
    ても勉強になりまし

    ありがとうございました

  • SLANGY爆弾小僧 
    4/12 22:17

    忍術の中でも徳川家康の許可を得て忍のみ修得が認められた邪拳、毒手。
    これは今でもあるのかな

  • はな 
    4/12 22:51

    いつの時代も戦いはあるのですね。人間とは… 考えさせられます
  • ひろさん⇔改め:Michiで… 
    4/13 00:07

    妃羽理様…
    その技術と知識…
    ω・))…後継者わぁ〜いるのですか

    お弟子さんは


  • ぴあん 
    4/13 02:13

    うろ覚えの歴史の更にピンポイントに絞った歴史ですよね。
    ニューハーフの歴史も気になりますが…(笑)。
    確かに未来も気になります
    移り変わりのある時代をどのようにしたいのか
    興味深いです
  • しのち(仕事多忙放置レス遅ゴメンナサイ) 
    4/13 08:15

    勉強になりました

    これからも頑張ってくださいね

  • 鬼《樽》嫁 
    4/13 08:29

    素朴な疑問

    弥生民族は漢民族?
  • 妃羽理 
    4/13 19:23

    鬼《樽》嫁さん、するどい!!
    日本での漢字の使用は、5世紀頃といわれているが、江田船山古墳出土の太刀や、稲荷山古墳出土の鉄剣に刻まれている漢字は、弥生期のものである可能性があるとされていることからも、漢民族が弥生民族である可能性は充分にありますが、残念ながら私にもそこまでは断定できません

    もうひとつの考え方としては、漢民族によって楽浪郡を設置されてしまった朝鮮民族が、安住の地を求めて日本に渡って来たのが、弥生民族なのではないか?というものもある。
    その根拠は、日本語の文法が、韓国語の文法と同じで、中国語と異なるということ。
    でも、そうなると、漢民族からせっかく逃れてきたのに、わざわざ漢の文字を使うだろうか?という疑問も出てくる。
    残念ながら、私も伝えられていることは、農耕民族が渡って来たということだけなので、民族の正体の断定までは、できないのです。


  • ひろさん⇔改め:Michiで… 
    4/14 03:40

    ω・))…ん〜… 西武池袋線 高麗川駅下車徒歩45分程の場所に、高麗王神社があります
    それを見る限り韓国とのつながりが強いと思われます

    私の知る限りでは、ハングル文字の言葉の原型は、ネパールのデバナガリ文字(梵語・梵字)・サンスクリットから来たと思われます

    ハングル文字もネパール インド バングラデシュ パキスタン などの文字は、母音 子音の組み合わせで音を発音します。
    仏教伝来 つまりブッタはネパールで産まれ、インドでブッタと成り。チベット等に影響を与え、チベット仏教と成りました。

    サンスクリット自体がネパールで作られインドに渡り使われるようになりましたが、ネパール自体がサンスクリットを使わないで、独自にネパール語を完成させ使われているのです

    ネパールと韓国と日本との共通点が多いので、参考にして下さい。

    ネパールでは、日常にキムチを食べる習慣があ
    日本の神社仏閣にシタン語(チベット 昔のネパール文字)梵字が使われている

    日本刀ですが、ネパールで刀の事をタルバールと言います。ネパールナイフをククリと言いまして、この両物、実は日本刀が日本で生産され始めた頃の見本だと最近気付きました。 タルバールの形状、装飾は、日本刀の太刀の姿で、必ずククリとタルバールには小柄などのパーツが備わっている事。

    私のやっている武術で陰乃流の大刀の剣術が、唐剣術(蟷螂剣)韓国、中国からの伝来の物だと思われます

    ネパール民族でチベット、モンゴル系の人達の家庭には、必ず掘りコタツがあります。日本の民家と全く同じです。あれは驚きました


    ネパール語では、言葉(発音)と意味が日本語と全く同じ言葉(発音)と意味が存在していますし、ハングル語も同じ発音が沢山あります。

    まだまだありますが、少なからず、我々の文化に影響を与えた事は間違いないでしょう


  • 桃ちゃん☆我が使徒5名永遠にЯ 
    4/19 10:33

    今どきの若者にそんなん説明しても判んないと思うよ

    元を辿ればアフリカの原人だから
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