シリーズ/「日本には『大義なきイラク戦争』への総括がない」・・・賛成・支持した政治家に安保を語る資格はあるか?!

 私は、日本が、新しい国際秩序形成に貢献できる最大の道は、国連の常任理事国入りだと考えている。何よりも唯一の被爆国の立場から、また、戦争放棄を謳う憲法を持つ立場から、積極的に発言、行動していくことこそが、これからの日本の役割だと思っているからだ。

 常任理事国になると、我が国の憲法で禁止された軍事的貢献もしなければならなくなるという議論がある。また、その議論とも関連するが、地域紛争にコミットするうち、日本自体が軍事紛争に巻き込まれる危険性もあるという議論もある。

 どちらも杞憂である。仮に、常任理事国に選ばれたとしても、この点が心配なら、日本と国連との間で協定を結ぶなど憲法の枠内でという留保をつければいい。協定まで結ばなくても、理事会メンバーであるのだから、我が国の憲法上の制約を堂々と主張すれば足りる。先の議論は、国際政治の怜悧な現実から目をそむけるものと言わなければならない。

 軍事協力ができない日本にとって、今後、どういう形で非軍事的分野で国際貢献を図っていこうとも、この国連安保理に常時席があるか否かは、死活的な重要性を有する。

 地域紛争が多発する可能性が強い国際情勢の中で、紛争解決の手段、人道支援や紛争解決後の選挙監視、経済復興協力等についての重要な方針は、この安保理で決せられる。ここに参加し、議論し、決定できる権限をもっているか否かは、日本が、これまでのように必要な時だけに「キャッシュディスペンサー」のように、便利屋的に資金協力だけを求められるという屈辱的な状態から、自ら主体的に紛争解決、その後の秩序形成に参画できるという意味で、「一人前の国」となるために必要不可欠な「地位」なのだ。
 
 国際政治は非情だ。力やポストのない所に発言権はないし、情報も集まらない。残念ながら、世界第二の経済大国と褒めそやされても、肝心のところではいつも蚊帳の外に置かれてきた日本だ。そして、請求書のツケ回しだけが事後的にやってきて、しかし、それが我が国の貢献だと自らを納得させて払ってきたというのが、これまでの実情だった。

 にもかかわらず、それに見合った国際的評価は受けられず、全体の構図がわからないまま、虫食い的に、資金的貢献だけは、時には臨時増税までして行っていく。こんなことを繰り返していてよいわけはない。

湾岸戦争時の国連大使によると、当時、次々と重要な決定がくだされる安保理の議論の様子を、大使や代表部職員が、会議室の外でまちぶせ、出てくる理事国の大使に取材したり、時には「壁耳」までして、情報を収集していたという。

 それだけ、国際場裏において、時宜に適したクリティカルな情報は重要だ。情報戦といってもよい。これら情報をもとに、それからのプロセスがはじめて始まる。そういう意味からも、軍事的情報筋からの情報が薄い日本にとって、常任理事国入りが不可欠なのである。