ショートストーリー(つづき)

男は幸せの中にいるとつい油断してしまう。
それが不変であるとは限らないのに。
思いもよらないハプニングによってその後の人生が変わることもある。



あれから10年。

あの時の出来事、胸を締め付けるような思いは今も心の中に残っている。
それはとても小さなハプニングがきっかけだった。

付き合ってもう5年になろうとした頃それは起こった。



出会いは良くある友達の友達。
3つ年下の彼女は、付き合うとき「私わがままだよ」と言っていた。
でもそんなわがままなところが可愛く思えたし、一緒にいて楽しかった。

その前に付き合っていた人は違った。
彼女のやりたいことに合わせていた俺を主体性がない人と感じるようになり、次第に一緒にいるときの沈黙の時間を沈黙として意識するようになっていった。
そして「なんかつまんない」と言われてフラれた。

元々あまり口数が多いほうではない俺は、気の利いたジョークも人を笑わせるような話術もなく、たしかにつまらない男なのかも知れない。
そんな俺にとって、主張が多くてやりたいことを見つけては自分のペースで進めていってしまう彼女とは一緒にいて気が楽だった。

ひとり暮らしをしている俺の家に遊びに来ることも多かった。
一緒にご飯を食べたりDVDを見たり。
この日もいつもとなんら変わらない、ように見えた。

食べ終えた食器を洗いながら彼女が尋ねた。

「ねぇ、もし私が他に好きな人が出来て、その人と付き合いたいから別れてって言ったらどうする?」

彼女は俺のことが本当に好きだった。
俺にはそう見えた。
だからこれはただのたとえ話かなにかで、じゃなかったら俺がどう答えるのかいたずら心で試してるんだと思った。

だから俺はこう答えた。


「いいんじゃないか」


自信があった。彼女が俺から離れるはずはないと。


「えぇ!いいのぉ?」

「あぁ。だって他に好きな人が出来たってことは、もう俺とはいられないだろ」

「なんかさびしいなぁ…」


このとき俺はあまり深く考えていなかった。
というかまったく意識していなかった。


数日後、彼女から「聞いて欲しい話があるんだけど来れる?」と電話があり、待ち合わせ場所に向かうため出かけた。

彼女にはよく呼び出された。

「今○○にいるんだけど来れる?」とか「これから○○に行きたいんだけど今どこにいるの?」とか。

彼女に呼び出されるのはきらいじゃない。

休日の昼下がり、すっかり肌寒くなり冬の装いに身を包んだ人々が行き交う街を、日差しの暖かさを感じながら彼女に会うために歩いているとなんか幸せを感じる。
街路樹の銀杏並木は黄色く染まり、歩道にもその色を分けている。
俺の横を走り抜けて先のほうでハザードを点灯させて路肩に駐車した赤いスポーツカーに目がとまった。

「そういえば、みさきが車があるといいななんて言ってたな」

もし突然あんなスポーツカーで迎えに行ったらみさき驚くかな。
なんてことを想像しながら歩いていると、そのスポーツカーの助手席から女の人が出て来た。


「・・・!」


彼女だった。
そして運転席からは背の高い男が出て来た。


足が止まった。
そしてこの間の彼女の問いかけが思い浮かんだ。


“他に好きな人が出来て、その人と付き合いたいから別れてって言ったらどうする?


「まさかな…」


きっと友達かバイト先の先輩か何かだろう。いや、それはそれで良くないな。
あ、それかお兄さんだ。そうだ、前にお兄さんがいるって言ってたことがあった気がする。
あれ?でも確かお兄さんはこっちにはいないって言ってたような…

アイツはいったい誰なんだ??


そういえばこの待ち合わせをするとき「聞いて欲しい話がある」と言っていた。

聞いて欲しい話っていうのは好きな人が出来たから別れて欲しいってことで、「この人が私の好きな人です」とか言って新しい彼氏を俺に会わせて、その彼氏が「みさきさんと別れてあげて下さい」とか何とか言って、みさきも「この人は大丈夫。この前話したら“いいんじゃないか”って言ってくれたから」なんて俺のことをこの人呼ばわりして、今までありがとうとか言って、その男とその赤いスポーツカーで走り去って行くんじゃないだろうか…


あり得る。彼女なら十分あり得るぞ。
彼女は時々妙に律義なところがある。
新しい彼氏を会わせることでお互いのこれまでとこれからへのけじめを付けようと考えたのだろうか。
思い立ったらすぐに行動する彼女なら呼び出してそういうことをしそうだ。

そしてこの前の問いかけ。
彼女が俺に尋ねるときは心の中ではもう既に決めている。


「どうしよう…」


その男がみさきの正面に向かい合うように立ち、みさきの頭を撫でた。
みさきも嬉しそうに男を見つめている。

激しい衝撃が走った。

ダメだ…みさきと別れるなんてイヤだ…!

そうだ。俺の日常の中にはいつもみさきがいた。
どうやっても消せないくらいに彼女の存在があって、俺の存在は彼女と共にあった。
彼女がいるから俺は安心して幸せでいられたんだ。


こんな状況になって初めて俺は彼女のことが本当に好きなんだって思い知らされた。





続きはまた。
おやすみ。