不可思議シリーズ『蜃気楼』

彼女と会った。



…いや違う、



“元”



彼女だった。




僕達は18歳の時に出会って…一年半の時間を共に過ごした。




去年の春に別れてから、一度も連絡をとらなかったのは、彼女の甘え癖に嫌気がさしていたからで。




大学の同期の飲み会でもなければ、1年3ヶ月の空白はもっと広がっていたに違いない。



毎日毎日、何時間も電話で話さなきゃ気がすまないとか僕の携帯も会う度確認するとか。



誰だって嫌になるだろ?





最期は僕からだった。



「もう理沙とは付き合えない!」



ただ泣く彼女をカラオケBOXに置き去りにし、同じ空気を吸う事は無くなった。







暑い夏の夜。






再会は新宿歌舞伎町のありふれた炉端焼きの店で果たされる事になった。







「コウダイ君、久しぶり!」



「あ、ああ…」



変わらぬ声、変わらぬ笑顔。




…そして変わらぬ呼び方。




てらいの無いその顔は、今の生活の充実を物語っているんだろう。



「元気そう…だな。充実してんだ?」




「今の彼氏がね、優しいから」




「…ごめんな」




「ううん! 気にしないで! 別れたの、アタシのせいだと思ってるから」




「…彼氏、優しい?」



「うん! もう最高に! 先月から付き合ってるんだけど、もう毎日電話くれるの」




…僕に対する嫌味ともとれる台詞。




だけど彼女に悪気は無かった。




そういう嫌みを言う女じゃなかったから。



その証拠に…



「ねぇねぇ理沙の彼氏どんな人?」



「ヒロ君はね、モロジャニーズ系の顔してるの!」



僕以外の人間からの質問にも同じテンションで答えている。



「今日はあんまりお酒飲むとヒロ君に怒られちゃうからほどほどにしとかなきゃ」




「ヒロ君…か」




彼氏の話を楽しそうにする彼女の姿を見て、僕が一年ちょっと引きずってきた罪悪感は完全にかきけされた。



同時に彼女の新たな恋を応援したくもなった。




「よーし、今日は飲もう!」




「ヒロ君はね、背が高いの…」




「ヒロ君はね、アタシの全部が好きなんだって…」



「ヒロ君は…」





今も耳に残る



『ヒロ君』




が、既に僕を狂気の世界にいざなっていた事に、欠片も気づいてはいなかった…。