あの人っぽい文体『あけてくれ・中編』

「あけてくれ!」



石黒君が言っていた、この部屋の前の住人でしょうか、彼は低く響く、それでいて実によく通る声で二度目の叫びを上げました。




アタシはといえば、右手を枕に横たわっています。



(あけてくれったってここの住人じゃないしなあ…)




と、ここでアタシはふと気がつきました。



このアパートは階段も古いため、登り降りすると“ギシギシ”と必ず音がするんですよ。



石黒君がビールを買いに行った時も降りる時に鳴っていましたし、三階のこの部屋に来るには百%階段を通らなくてはなりません。



つまり、上がってくるなら必ず音の前触れがある筈。



ところが扉の向こうの人はそんな音をさせずにいきなり声を出している。



(はて、まさか…)



相手が人間外かもしれないと思えば、余計居留守を決め込みたくなりますよね?



「あけてくれっ!」



アパートじゅうに響き渡るような声の三度目の叫びも無視したアタシは物音を立てないように、呼吸すらもひっそりと繰り返します。






(うわ〜部屋の主はいないんだよ、早く行ってくれ…)




見られてもいないのに薄目の寝たふりで祈るアタシの願いが通じたのか、三十秒刻みで発せられていた謎の声は、一分たっても四度目の声が聞こえてきません。










もう行ってくれたんでしょうか。







しかしやっぱり







“ギシギシ”





と階段は鳴りません。





でも声はしない。






石黒君が戻ってくれば仮にヤツがドアの外に立っていても、扉の向こうで鉢合わせをする筈です。




それならアタシの恐怖心は消え去る訳で。








(きっとどこかに行ったんだろう)






そんな安堵の思いで薄目のまま目線を窓にやると。










窓が開いてるじゃないですか。










その日はずいぶんと蒸し暑い夜。









部屋に入るなり石黒君が開けていました。








そして目線が窓にたどり着いた時。










ちょうど“顔”が半分程部屋の中に入ろうとしていた所で…。









(!!!)










この世のものとは思えない程白くげっそりとしたその顔は、音もなく部屋に上がり込み…見えているのかいないのか、眼球の存在しない穴だけの目をこちらに向けました…。