あの人っぽい文体『温泉宿・中編』

「こ〇らへどうぞ!」



な〜んか違和感を感じながら女将さんみたいな人に宿帳を書くために小部屋に通されると、これがどうにも生臭い。






硫黄臭いなら温泉だしわかるんですけど、肉の腐ったような匂いがするんですね。




「なんか変だな…」




その段階では、単なる違和感だけでしかないんですけども。






旅館自体はおそらく相当古いもので、すきま風が入ってくるような年月を感じさせる作りでした。




部屋にチェックインしてまもなく、夕食の時間に。



部屋だしでなかなか豪華な感じですよ。





ただ、女中さんがほとんど部屋に入ってこない。




部屋の外に用意されて、自分で中に入れるシステムみたいで。





これ、珍しいですよね?





「忙しいんだろうな」




なんて思って自分で入れて食べて、自分でまた廊下に出す。






不思議だなあなんて思っていたら、ついウトウトしちゃってね。




気がついたら0時を回ったくらいになっちゃった。




「ああ、風呂入らなくちゃ」






で、大浴場を探して入ると、これがまた邸内なんですが半分外で、昔ながらの木で作られた五メートル四方の浴槽に木のすのこ。





灯りは月明かりと蝋燭です。





これはこれでいい感じだな、なんて喜んで、まずは身体を洗いに洗い場に座ったんです。






洗い場はちょうど浴槽に背を向ける感じで。





温泉が浴槽に流れ込む音を聞きながら身体を洗っていると、その音がなんだか人の声に聞こえてくるんですよ。




「イィィィィィィィ…」





「ん…?」







勿論鏡なんかないから、振り返って湯船を見ると何もない。






また前を向いてしばらくすると





「アァァァァァァァ」





と聞こえる。





温泉が流れ込む音がそう聞こえるんだから、休みなく耳に入る訳ですよ。



錯覚とわかっていても怖くなる時、ありますよね?




もういいやと思って湯船につかるって暖まりました。






「いい湯だなあ…」








チャプン。







「ん?」







湯船どころか風呂場には誰もいない。







「気のせい…だよな」










その時。










まっ白い手が湯船からゆらりと天井に向かって伸びたんです…。