不器用の生き様

  • アントニオ小猪木 公式ブログ/不器用の生き様 画像1
東京国立近代美術館に『生誕100年ジャクソン・ポロック展』を鑑賞しに行った。


正直、絵には全く疎いが、ベタにピカソやゴッホはなんとなく考えずに伝わるものがあるが、このポロックはよく解らないというのが本音だった…。


ポリックも初期は風景画を描いていたみたいだが、その絵はどちらかというと暗いタッチのベースで「不安」とか「悪夢」とか「戦争」とかを感じてしまった…。



後半は写真のようにぐちゃぐちゃの絵を描いていたみたいだけど、これがドリッピング、ポーリング、ポアリングという筆を叩きつけるというか、垂らすというか、そういう技術でポリックならではの独特のアートになって、後に評価されたらしい。


ポリックの作品タイトルも後半は「無題」とかただの作品番号が多かった。


これは確かに二度と作れない作品でもあるが、素人の自分が見たら、滅茶苦茶にしか見えないのも事実だ。



ポロックの生い立ちや解説を読んてみると孤独でアルコール依存症で精神分析もされたらしい。そのアクション・ペインティングの作品にもバッシングをされたりもした


でもポロックは描き続けた。


孤独のポリックの辿り着いたこだわりの芸術なのだろう。


ポロックの作品に何かを感じてみようと思ったけど、やはり「無心」「夢遊」「形なき空想」などを感じてしまうが、ポロックのアトリエで作品を描いてる動画を見た時のポロックの眼は真剣そのもの!熱い瞳だった!


ただやっぱり彼の作品には「終わり」や「完成」を感じることがなくエンドレスで、自身の心が終わりと思った時点が作品の終わりなのだろうかと感じた…。

まるでデリケートで女性の恋心のようにも感じた…。


ポリックのアートはよく解らないのが率直だったが、まあそれが芸術素人の小猪木の感想だ。


相田みつをや金子みすゞ展もこないだ行ってきたが、アーティストは孤独で、そして死んでから評価されることが多いのが不思議だ。


歌手やミュージシャンもそうだが、生涯が短い人が多い。



それだけ回りをかえりみないくらい芸術に没頭し、運を使い果たし、その孤独が作品を作り上げるのだろう。


その各アーティストの「こだわりの強さ」と「不器用の弱さ」が、我々観る側に感情移入が入ってしまって好きになるということなのだろうか…。


美術や音楽、詩のみならず、料理もそうだけど、作品とは作られた作品を越えた生き様や人柄が出てこないといけないんだなあと自分自身を見つめ直すことができた。


「不器用でも貫く」という勇気を与えてくれたということも作品のメッセージかもしれない…。