≪家族≫No. ・‥いくつめかな…久しぶりに書きました。

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ファンクラブの皆様には

この内容を
[MAIL会報]で
既に、読んでいただきましたが…


やはり、日記読者の皆様にも

知っていただきたく…


長いですけれど…
最後まで
読んで下さいね。




写真は

 眠里辰討い襪里母
後ろでアコーディオンをひいているのが父〕
◆綿譴函⊂女歌手時代の私〕




さて・‥…

まず、
父の話をさせて下さい。
≪家族≫No.シリーズの日記を
読んで下さった方は
既に、ご存知のことも出てきますが…
改めて、今の段階で
まとめてみました。



父は

昭和33年から
結核で療養生活を送り、
その3年の間に11回、
大きな手術をしているの…。

肺を片方 全摘手術‥etc.

普通の人の半分の呼吸量で
健常者と同じように仕事をしていた…

27年前に…倒れるまでは…


27年前…

松阪に向かう足を
引き留めるかのように
東京駅が、遠かった…

異常な渋滞で…

やっと
名古屋に着き
実家に電話をしたら

「間に合わない!!」と
叔母・好子(ヨシコ)
よっちゃんの ひとこと…

もう、外は 真っ暗で…

その暗い景色を見ながら
近鉄特急の中
…泣いた‥泣いた…


松阪に着くと
友人が迎えに来てくれていて
友人に連れられて病院に…


父が…
人工呼吸器と戦っていた。。。

まるで
肉体と機械の戦いだった。
全身が紫色に腫れ上がって…


酸素欠乏から
小さな手術も不可能な状態になってしまい…

仮死状態になった瞬間に
口から人工呼吸器が差し込まれた…


弟の ひとことで
その処置がなされたの。

『姉が、もうすぐ着きますから…
息のあるうちに姉に会わせてやりたい!!』


タイミングが良かったのか
奇跡的に息をふきかえした父…

それから何日も…

父が人工呼吸器に
頼りすぎないように

家族が交代で
「もっと吸って!!…
しっかり はいて!!」
と、生死をさまよっている父に
声をかけ続けた。。。


その時の事を
父は覚えていない。。。



3年間の療養生活
&、11回の大手術

片肺になった父は、

健常者と同じように
仕事を続けていたのだが…

27年前、退院をむかえた父は
あえなく 永くお世話になった
尾張温泉東海センターを
去ることとなった。。。


それでも
その時の闘いが嘘のように

それから、27年間は
自宅で元気に頑張ってくれていましたが…



2年前…

あまりに 状況が
その27年前と似ていた…


9月になった
明けてすぐの1日1:11に…

弟・幸久(ユキヒサ)⇒幸ちゃんから
電話が入った…


実は…その2時間前に
弟と話し…

父の健康に関して
大きな不安を確認しあって…

私は…翌週
松阪に行く予定を組んだばかりだった…


でも…急きょ

朝、一番で
実家に行く事になった…

幸ちゃんからの電話は

父を救急搬送したと…

心肺停止状態・‥…


…でも!!!

心臓は動き始めてくれたとの事…


父は…一昨年の

4月末から、癌と闘っていた…


4月の段階で
既に進行していたの…。

父は
我慢をしすぎるタイプ…

かなり前から
痛みがあったのに…

家族にも
定期的に通っている
病院の先生にも
言わずに我慢していた…

早くに ひとこと言ってくれたらと…
私達家族は思うよね。。。


本人は なんとなく‥わかっていて…

だから あえて言わなかったように思う。。。
(母のことがあったから…
自分まで家族の負担になっては…と
思ったのでしょう)


実は…
その前の月
8月に、私が帰った時にも

父のたくましい
癌との戦いぶりに

誇らしささえ
感じて帰ってきたばかりだった…


食事の時に
すぐに2階からおりてこない父を、
迎えに行った時…


「大丈夫!? 父上」と、言った私に

『精一杯です!!!』と、答えた父…


あんなに、力のこもった
[精一杯]という言葉を

私は…誰からも聞いた事がない。



2年前の9月1日…
27年前と、同じ気持ちで
松阪に向かった…


その時も 同じように

松阪に向かう足を
交通規制 & 避難訓練で
何かに 引き留められながら…


前の夜…
幸ちゃんと…
話をしていた 心配事が…

その2時間後には
現実になるなんて…
思ってもいなかった。。。

父が 再び奇跡を起こしてくれる事を祈りながら
松阪に向かったけれど…


2011年9月2日
誤嚥性肺炎により
父は、かえらぬ人となりました。

翌日、9月3日に
コンサートがあり…
2日中に帰京しないとならない中…
台風に阻まれながら
松阪駅で、名古屋まで移動可能な
JRと近鉄特急の様子を
雨と風が吹き荒れるホームの中、
1人ベンチに座っていたのが
昨日のように思い出されます。




そして先日…

昭和5年1月13日生まれの

母・阿部ひさ(松本ひさ)が

2013年4月16日
肺動脈血栓塞栓症による呼吸循環不全で
永眠いたしました。


4月14日(日)の夜、弟・幸久(ユキヒサ)から
「ひささん、調子が悪い!!
救急車を呼んだ!」と、連絡が入った。

私は、タチの悪い風邪をひき
鼻声と咳が治まってなかった。
『顔みたら、安心すると思うよ』
「うん!行くね…今すぐは、良くないよね…
風邪を移してしまったら大変だもんね!」と
弟と話をした。

母は、呼吸のツラさと
胸に苦しさがあったらしく、
弟の手を心臓あたりに導き、訴えたという。

実は、母は…4年ほど前から言葉を失い始めたの。
脳梗塞のようなものだけど、
手術のできない場所で…。

更に3年前に肩に大怪我をし、
3ヶ月以上の入院…

その間に、加速して
言葉を失っていった…。
もともと母は明るく、気丈な人で、
考えるより先に言葉が出る人だった。
言葉を奪われたストレスは重く…母は、辛かったと思う。


16日…何だか寝つけずにいた3時34分に、
弟から「容態が急変したと
病院から電話が入った」と連絡があり

4時04分「心肺停止」の言葉が…。

その後、
懸命な蘇生処置をほどこされましたが、
私の到着を待つように
前日(15日)に転院させてもらったばかりの
通いなれた
松阪市民病院で
13時51分息を引き取りました。


母・阿部ひさ(松本ひさ)(享年83歳)


母が亡くなった4月16日
20:00〜通夜を
家族と、親しい知人でとりおこない。。。

翌日の4月17日…ダビに。

私は、この日の夜、東京に戻り、
翌日の福島県郡山でのコンサートの準備を。
何だか…父の時と
状況が にていた。。。

4月18日のコンサートでは、
出演者の皆様全員に支えられ…
会場の皆様のパワーをいただき…

両親の支えを感じながら
歌う事ができました。

母に、待ってもらう形になってしまったけれど…

4月20日(土)
告別式をさせていただきました。



津市出身の母

戦後、上海から引き上げてから
いろんな歌の大会で獲得した金品で、

祖父の活動の お手伝いで
他の引き上げ者の方々の援助をしていた母。

初代・ミス赤い羽根にもなった母。


1951(昭和26)年に
「第4回NHKのど自慢大会」で
『フランチェスカの鐘』を歌い
優勝し日本一に輝いた母。

あの時代…NHKのど自慢で優勝すると
レコードデビューのレールがひかれていたのだが…

私がお腹にいたので、
デビューの道を捨て、
父・榮之助と駆け落ち

阿部小間物店に嫁いだ母。


ラジオ三重(現・東海ラジオ)の
専属歌手として
子ども番組等を受け持ち
「歌のおばさん」として親しまれた母。

若い頃、
水泳と卓球をたしなんだ母の後年は、

阿部小間物店をきりもりしながら、
ボウリングを楽しみ
数々の大会に出場した母。


私は、歌手として、
松本ひさを超えられなかった…

それほど、母の功績は
素晴らしかったと誇りに思う。

私は永遠に、
歌手松本ひさの娘です。



父は…

いちばんの 母のファンだったと思う…


要介護4まで すすんでしまった
母の事を心配して心配して…


なんだか 父が…

母を、
お迎えに来たように
私達は感じました…。


私は、東京に離れて暮らしているので
まだ、実感が持てないのが現状です。


この、4年間近く

生活の ほとんどを
父に 母に 捧げてくれていた

弟・幸久(ユキヒサ)
叔母・好子(ヨシコ)

幸ちゃんは、ずっと
母のベッドとL字型に自分のベッドを並べ

母に 付きっきりでした。

よっちゃんは、
自覚症状がないのに
母の面倒を見る事が
できなくなると大変だからと
昨年、心臓の大手術をうけました。


今、私は…
二人が、力がぬけて
ペースを乱して
身体を壊さないように願うばかりです。




皆様の ご家庭でも
いろんな事があると思います。


今年は特に、暖かくなってきたと思えば
また、とても寒くなったり…


皆様、くれぐれも ご自愛を♪




そして今、

私は、
5月25日に向かって
走り出しています。


そのことは

また、後程。




    ☆静江☆彡

 
  • コメント(全9件)
  • ふぅ 
    5/3 17:52

    もちろんファンクラブの会報でも、拝見しております
    し〜ちゃんの強い家族愛が伝わってきます。
    し〜ちゃんがこのように、語りづいていくことで、ご両親も天国で喜ばれていると思います。
    沢山の愛情に囲まれて、素晴らしいと思います
  • ミルキーセピア 
    5/3 18:29

    素晴らしいご家族だと、改めて思いました。

    ちゃんと、皆さんでご両親のお世話をなさって、最期も皆さんに見守られながら、旅立っていかれたんですね。。
    闘病されつつも、お幸せな人生だったように思います
    私の父は、し〜ちゃんのお母様より、一つ下の昭和6年の一月生まれで、同じ月の4/7に他界しました。
    し〜ちゃんのこととダブって、自分のことのように思いつつ、日記を拝見させていただきました。
    これからのことや、前向きな思い、見習うこと多いです。
    父が天国で悲しまないよう、私も頑張っていかないといけないね

  • *おこぶ*ご無沙汰です。浦島太郎のおこぶです。 
    5/3 19:23


    元気であることは、けっして当たり前ではないことに改めて感謝の気持ちを頂きました

    涙が出てきました。


    私も両親と離れて暮らしております。
    明日また、両親に電話を入れようと思います。

    元気でいてくれる両親にも感謝。


    『精一杯』

    私も健康に感謝して生きなければと思いました


    しーちゃん
    有難うございました


  • ガンバ 
    5/3 19:40

    お母様にそっくりだったんですね

    同じ歌手の道を歩まれて、し〜ちゃんは親孝行な娘さんだと思いま


    これからは弟さん夫婦 姪御さん叔母さん みんな離れてるから心配でしょうけど…
    ご両親がいつも見守って下さってるから

    健康に留意して怪我等しないよう


    何せ段々劣えてますからね


    油断大敵です

  • パンティ王子 携帯修理中 
    5/3 19:53

    読みました
  • 迷子の羊 
    5/4 00:34

    長文読ませて頂きました。私も10年程前に両親を立て続けて亡くしてま
    あべさんの心境が良く分かります
    今、天国のご両親さんが何を一番喜ぶの
    それは日々元気を出して、あべさんが
    顔で日々を送って呉る事ですよ

    何事も前向きで行きましょ

  • かこ 
    5/4 08:57




    家族≫

    日記にアップしてくださっ
    ありがとうございます。
    本当に感慨深く…
    読ませて頂きました
    お母様のお写
    し〜ちゃん
    の?と見間違うくらいで歌われている時
    手振りまで本当にそっくりですね(=^_^=)
    きっと歌声も似ていらしたのではないでしょうか。
    今までの日記を読ませて頂いても、し〜ちゃん
    いつも
    弟さん御夫婦や『よっちゃん』さんに感謝されて気遣われているのが言葉の端々に感じ取れま

    素敵なお父様お母様を含め
    本当に《暖かい家族》と言
    言葉がぴったりのご家族ですね。
    残された家族は哀しくて寂しいですが…
    お父様がお母様の手を引か
    あちらの世界でも共にいようと迎えに来られたように
    私も感じました。
    ご両親を含め
    お世辞ではなく本当に思いやりに溢れた素晴らしい
    《ご家族》ですね(^-^)

    今は、まだまだ悲しくて辛
    日々を送られている事と
    お察しします
    ちょっとだけでいいです。
    どうか心を強く持たれて
    くださいね(=^_^=)

    し〜ちゃん

    泣き顔より笑顔が似合うと
    思いま

    少しず
    頑張っていって下さ



  • アッコ 
    5/5 08:31

    し〜ちゃん
    何と…
    お言葉をかけていい
    綺麗なお母様ですね
    誰でも
    通る道ですが
    どうか
    お身体壊されないで
    お元気になって下さいね
    月は、静岡と神奈川で、し〜ちゃんに、久し振りにお会いできます!とても楽しみにしております!
  • NAFぶ〜ぶ〜アバコン投票してね 
    5/6 14:55

    しーちゃんが4月からグリーに来てないのでどうしたかなぁ?と思いつつ、私も脳梗塞の母の介護でついついしーちゃんの日記に気づくのが今になってしまいました


    お母様、本当に残念です。ましてやお母様。しーちゃんが今どれほどぽっかりと心に穴が空いてるいるかと思うと悲しいです。
    しーちゃん、お仕事がいつも入っていて辛かったですね。芸能人の方は一般のお仕事の方と違い、身内の死にも仕事優先の風潮があります。ファンの方々やまわりのスタッフ、共演者に迷惑がかかると芸能人の方々は親の死に目すらこらえますが、私はこの風潮は誰かがはじめに止めるべきと思います。芸能人であるより1人の人間として親や身内だけは大切に優先するべきです。
    ファンもスタッフも共演者も人間として当然の事として、こういう場合は受け入れる時代になっても良いのではないでしょうか

    でも、しーちゃんの多忙な仕事ぶりと歌手としてのご活躍を今、天から何よりも喜んでいらっしゃるのはお母様でしょうね。
    まぁ、しーちゃんがお母様やお父様の為にお仕事に穴を空けるのを一番悲しむのはお母様やお父様だったでしょう

    私の母も脳梗塞で日ごと悪化し、私の父もここ4年、ひどい肺炎やらで入院したり、外科的処置を受けたりと今も通院中
    母も音大を声楽科で卒業し美声だったのですが、今は声も出ないし唄いません。

    しーちゃんの日記を最後まで読ませて頂き、つくづく自分の両親を大切にしなきゃと思いました。
    しーちゃんありがとうございます


    そして1日も早くしーちゃんの悲しみが薄れますよう

    しーちゃんのお父様もお母様もいつもしーちゃんのご活躍を喜んで楽しみに今も見守ってくださってますよ


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